2018/06/02(土)鉄砲衆は諸被官から集められていたらしい

1572(元亀3)年

小山孝哲 → 岩上筑前守

夜前被罷着様体無心元候間、態以脚力相尋候、何も路次中辛労之由申遣度候、一、栗橋之手成定而其地へ可聞候、濃ニ注進尤候、一、自当真昨日付之一書今朝巳刻披見、存分候間、不被致用捨、彼一札写并返書之案文八郎殿へ可被為見申候、一、義重以川井甲斐守昨暮当城へ被届旨候、于今在滞、佐・宮半途之備遅々、口惜由遂侘言迄候、一、鉄炮衆番替明晩可指越候、つゝ引かへ候も六ヶ敷候間、其侭十丁をハ玉薬ニ厳密ニ可差置由、必々十人之者共之方へ被申調可然候、相残三ちやうハ、彦五郎方家風粟宮・小曽戸かせ者ニ候間、筒をも持可帰迄候、此番替ハ小薬之鉄鋒衆三人三丁申付候、玉薬其外厳密ニ彦左衛門・五郎右衛門ニ相渡可罷帰由、是又無失念可被申付候、一、昨於備場其方同道、両人尤之由加詞候キ、荒豊一人計可然候、其外をハしかと陣屋ニ日数之間、不致随意有之様、堅可被申候、第一大酒・火事・無政道、彼是を始、書付之透仕置専一候、謹言、
十二月六日/孝哲(花押影)/岩上筑前守殿

  • 埼玉県史料叢書12_0419「小山孝哲書状写」(松羅館集古八)

1575(天正3)年

織田信長 → 長岡藤孝

此表之様子、先書ニ申候、今日自早天取賦、数刻及一戦、■残敵討捕候、先■■下数多候間、仮名改首注文自是可進候、自兼如申候、始末無相違候、弥天下安全之基候、仍鉄炮放被申付候、■祝着候、爰許隙明候条、差上候、旁以面可申展候、謹言尚以、爰元之事、九■左衛門可申候、
■月廿一日/信長(朱印)/長岡兵部太輔殿

  • 増訂織田信長文書の研究0511「織田信長朱印状」(肥後・細川家記二細川家文書二)

1577(天正5)年

後北条氏 → 北条氏繁

新田へ鉄砲衆合力候、五挺可然放者可被申付候、明後可遣候、島津左衛門自馬廻遣候間、従者可同心旨可被申付候、掟従是委以書出可申付候、万端遣念可被申付候、仍如件、
五月十九日/(虎朱印)/常陸守殿戦国遺文後北条氏編1911「北条家朱印状写」(小田原編年録附録四)

1585(天正13)年

後北条氏 → 神宮武兵衛

鉄炮衆一、六挺、両後閑衆
一、三挺、木部宮内衆
一、弐挺、和田左衛門衆
一、壱挺、同兵部衆
一、壱挺、高山彦四郎衆
一、七挺、倉ヶ野淡路衆
一、拾挺、神宮衆
以上卅挺
右之鉄炮衆大戸へ為加勢指越候間、此飛脚来十四日可参着候間、翌日一日支度而、何れも召連、一同相移、房州如作意可走廻、仍如件、
九月十日/(虎朱印)/神宮武兵衛殿

  • 戦国遺文後北条氏編2856「北条家朱印状写」(後閑文書)

1586(天正14)年

北条氏直 → 簗田晴助

壬生へ万一敵至于相動者、加勢之儀壬生所望候、然者奥州注進次第何時も其人衆払而小山へ被相移、自彼地弓・鉄炮足軽を壬生へ加勢候様可有下知、委細奥州可為演説候、恐々謹言、
卯月十一日/氏直(花押影)/簗田中務太輔殿

  • 埼玉県史料叢書12_0779「北条氏直書状写」(温故知新集)
後北条氏 → 北条氏照

壬生へ加勢衆廿挺、鉄炮卅人、弓鑓、合五十人水海衆
右、佐竹向壬生・鹿沼、動火急ニ相催由、注進候、依之手先之衆先加勢遣候条、記右人数、能物主指添、自小山大石信濃寺注進次第、不移時日、小山へ被相移、小山衆同断ニ壬生へ移、走廻候様、可被申付旨、水海衆へ可被御届候、猶依注進、自分可令出馬間、無油断可有支度旨、能ゝ可有演説候、仍如件、
七月十八日/(虎朱印)/陸奥守殿

  • 戦国遺文後北条氏編2972「北条家朱印状写」(楓軒文書纂六十)

年未詳

北条氏照 → 大石四郎右衛門尉・大石左近丞

加勢衆鉄炮
一丁、石原主膳
二丁、島村
二丁、由木
一丁、車丹波衆
一丁、大石四郎右衛門衆
一丁、同左近衆
二丁、大藤手組之内
以上十丁
一、右衛門佐殿御手前、敵之取寄近来候、今夜為加勢遣候、申端可被仰所、加治左衛門ニ指添可遣事
一、玉薬二百放可指添候、■■可渡事、加治■■一、加治左衛門為物主指越候、彼者如申可走候、少も油断不可致、虎口可走事
右之条ゝ、猶仰所、直ニ可被申付候、以上、
廿日/氏照(花押)/大石四郎右衛門尉殿・大石左近丞殿

  • 戦国遺文後北条氏編3921「北条氏照書状」(秋山断氏所蔵文書)

2018/05/28(月)今川家の戦時禁制

今川家における戦時禁制の発行形態

非条書から条書という流れであるのは、氏親が1通のみ条書であるのに対して、孫の氏真が全て条書であることから推測できる。但し、間にいる義元の条書・非条書は切り替えタイミングが見えない。

今川家の戦時禁制は織田信長・羽柴秀吉と比較すると僅かしか残されていない。このため、確度はかなり低い。

今川氏親

発給年 文書番号 種別 宛所 禁止条目
1504(永正元)年 0157 非条書 鶴岡八幡
1506(永正3)年 0179 非条書 本興寺
1506(永正3)年 0186 非条書 明眼寺
1509(永正6)年 0226 非条書 宛所欠
1511(永正8)年 0241 条書 大洞院 資源奪取・侵入
1517(永正14)年 0297 非条書 鴨江寺

今川義元

発給年 文書番号 種別 宛所 禁止条目
1536(天文5)年 0547 条書 慶寿寺 乱暴狼藉・寺領押領・資源奪取
1543(天文12)年 0727 条書 東観音寺 乱暴狼藉・資源奪取・侵入
1545(天文14)年 0776 条書 多聞坊 乱暴狼藉・刈田・無断野菜奪取
1545(天文14)年 0779 非条書 妙覚寺・大善坊
1546(天文15)年 0801 非条書 長興寺・龍門院・伝法寺
1549(天文18)年 0893 条書 長興寺宛て 資源奪取・寄宿・侵入
1550(天文19)年 0944 非条書 篠原永源寺
1550(天文19)年 0961 条書 大沢山龍渓院 乱暴狼藉・資源奪取・侵入
1550(天文19)年 0963 非条書 白坂雲高寺
1550(天文19)年 0972 条書 大樹寺 陣取・資源奪取・殺生・不法課役・私徳政
1555(弘治元)年 1237 非条書 無量寿寺
1555(弘治元)年 1238 非条書 宛所欠
1557(弘治3)年 1335 条書 永源寺 乱暴狼藉・資源奪取・不条理命令・年貢催促・俗縁持込

今川氏真

発給年 文書番号 種別 宛所 禁止条目
1562(永禄5)年 1794 条書 菟足神社 乱暴狼藉・陣取・資源奪取
1562(永禄5)年 1867 条書 八幡神主 陣取と要害構築・乱暴狼藉・資源奪取
1564(永禄7)年 1963 条書 野辺郷山王神主 侵入と狼藉・資源奪取・耕作妨害
1564(永禄7)年 1964 条書 二俣領八幡神主 侵入と狼藉・資源奪取・耕作妨害
1565(永禄8)年 2051 条書 総真寺 乱暴狼藉・資源奪取・不法課役

2018/05/28(月)羽柴秀吉の戦時禁制

概要

『豊臣秀吉文書集』から、天正17年12月から翌年8月までの期間に、羽柴秀吉が発給した禁制を抜き出した。

その際に、種別を3つに分類してみた。

A型

発給数・範囲・期間が最も大きな標準型といえる。12月から8月まで、204件が残されている。下記が典型例で、「禁制」の下の所付と、太字になっている部分だけが異なるのみで他は全く同じ文言・表記となる。「対地下人百姓」が圧倒的に多いが、寺社向けには主に「寺家門前之輩」などが用いられる。また「土民」という表記もわずかにみられる。

文書例

禁制 『所付欠』一、軍勢甲乙人等乱妨狼藉事
一、放火事
一、対地下人百姓非分之儀申懸事
右条々若於違反之輩者、忽可被処罪科者也、
天正十七年十二月日/(羽柴秀吉朱印影)

  • 豊臣秀吉文書集2893「羽柴秀吉禁制写」(相州文書・東大史影写)早川村海蔵寺文書
一覧
発行月 文書番号 宛所 宛所種別 異同文言 備考
12月 2878 駿河国厚原 郷村
12月 2879 伊豆国大宮 郷村
12月 2880 信濃国 国名
12月 2881 信濃国 国名
12月 2882 駿河国御厨 郷村
12月 2883 遠江国 国名
12月 2884 遠江国 国名
12月 2885 遠江国 国名
12月 2886 遠江国 国名
12月 2887 遠江国 国名
12月 2888 遠江国 国名
12月 2889 三河国 国名
12月 2890 所付欠(海長寺文書) 寺社 寺社だが郷村向け
12月 2891 所付欠(駿河草薙神社旧蔵) 寺社 寺社だが郷村向け
12月 2892 所付欠(駿河志料) 未詳
12月 2893 所付欠(相州文書海蔵寺文書) 寺社 寺社だが郷村向け
12月 2894 所付欠(愛知県史平松眞氏所蔵文書) 未詳
12月 2895 所付欠(村松文書) 未詳
12月 2896 所付欠(森文書) 未詳
01月 2920 尾張国岩倉 郷村
01月 2921 尾張国西御堂三郷 郷村
01月 2922 駿河国御厨屋内茱萸沢 郷村
01月 2923 駿河国建穂寺 寺社 寺社だが郷村向け
01月 2924 三河国山中法蔵寺 寺社 寺僧
01月 2925 遠江国 国名
01月 2926 遠江国二諦坊 寺社 寺社だが郷村向け
01月 2927 所付欠(県文書) 未詳
01月 2928 所付欠(医王寺文書) 寺社 寺社だが郷村向け
01月 2929 所付欠(井口文書) 未詳
01月 2930 所付欠(蒲神社文書) 寺社 寺社だが郷村向け
01月 2931 所付欠(河合文書) 未詳
01月 2932 所付欠(鷺森別院文書) 寺社 寺社だが郷村向け
01月 2933 所付欠(三光寺文書) 寺社 寺社だが郷村向け
01月 2934 所付欠(静岡浅間神社文書) 寺社 寺社だが郷村向け
01月 2935 所付欠(駿河志太郡高根神社宛比定) 寺社 寺社だが郷村向け
01月 2936 所付欠(頭陀寺文書) 寺社 寺社だが郷村向け
01月 2937 所付欠(大円寺文書) 寺社 寺社だが郷村向け
01月 2938 所付欠(大善寺文書) 寺社 寺社だが郷村向け
01月 2939 所付欠(大悲願寺文書) 寺社 寺社だが郷村向け
01月 2940 所付欠(静岡県史料桃源院文書) 寺社 寺社だが郷村向け
01月 2941 所付欠(愛知県史鳥居家文書) 未詳
01月 2942 所付欠(成岡文書) 未詳
01月 2943 所付欠(蜂前神社文書) 寺社 寺社だが郷村向け
01月 2944 所付欠(浜松市博物館) 未詳
01月 2945 所付欠(原川文書) 未詳
01月 2946 所付欠(判物証文写) 未詳
01月 2947 所付欠(彦根藩井伊家文書) 未詳
01月 2948 所付欠(ひらつかの家康伝説) 未詳
01月 2949 所付欠(聞名寺文書) 寺社 寺社だが郷村向け
01月 2950 所付欠(龍潭寺文書) 寺社 寺社だが郷村向け
04月 3048 伊豆国西勝院 寺社 寺家門前之輩
04月 3049 伊豆国城府院 寺社 寺家門前之輩
04月 3050 伊豆国新島 郷村
04月 3051 上野国大胡領 郷村
04月 3052 相模国円覚寺 寺社 寺家門前
04月 3053 相模国建長寺 寺社 寺家門前
04月 3054 相模国光明寺 寺社 寺僧門前之輩
04月 3055 相模国鶴岡八幡宮 寺社 社家坊中
04月 3056 相模国二階堂郷中覚園寺他 寺社 寺家門前之輩
04月 3057 相模国宝戒寺 寺社 寺家門前之輩
04月 3058 相模国長谷寺 寺社 寺家門前
04月 3059 相模国東慶寺 寺社 寺家門前
04月 3060 上野国長楽寺他 寺社 寺社だが郷村向け
04月 3061 相模国愛甲郡熊坂村 郷村
04月 3063 相模国不入斗郷西来寺 寺社 寺家門前之輩
04月 3064 相模国江ノ島 寺社 寺家門前之輩
04月 3065 相模国大中郡厚木 郷村
04月 3066 相模国大中郡荻野村 郷村
04月 3067 相模国大中郡恩名・及河 郷村
04月 3068 相模国大中郡讃多村 郷村
04月 3069 相模国大中郡田村之郷 郷村
04月 3070 相模国大中郡豊田三郷 郷村
04月 3071 相模国大中郡煤ヶ谷小屋入之郷 郷村 土民百姓等
04月 3072 相模国大中郡森の庄 郷村
04月 3073 相模国大平台 郷村
04月 3074 相模国狩野庄最乗寺 寺社 寺家門前族
04月 3075 相模国鎌倉感応院 寺社 寺僧門前之輩
04月 3076 相模国鎌倉長勝寺 寺社 寺家門前
04月 3077 相模国鎌倉補陀洛寺 寺社 寺家門前之族
04月 3078 相模国鎌倉内明月院 寺社 寺家門前輩
04月 3079 相模国鎌倉中 郷村 地下人町人
04月 3080 相模国小机庄 郷村
04月 3081 相模国小中郡今泉之郷他 郷村
04月 3082 相模国底倉 郷村
04月 3083 相模国玉縄内村岡郷 郷村
04月 3084 相模国茅ヶ崎郷・両浜 郷村
04月 3085 相模国堤村 郷村
04月 3086 相模国土肥郷法善院 寺社 寺僧門前之輩
04月 3087 相模国西郡金子郷 郷村
04月 3088 相模国西郡栢山村善栄寺 寺社 寺僧門前之輩
04月 3089 相模国西郡国府津 郷村
04月 3090 相模国西郡曽我他 郷村
04月 3091 相模国東郡今田・亀井野 郷村 寺家門前之輩 郷村だが寺社向け
04月 3092 相模国東郡梅沢 郷村
04月 3093 相模国東郡恩馬郷 郷村
04月 3094 相模国東郡小薗郷 郷村
04月 3095 相模国東郡青蓮寺 寺社 寺社だが郷村向け
04月 3096 相模国東郡大長寺 寺社 寺僧門前
04月 3097 相模国東郡国分村国分尼寺 寺社 寺社だが郷村向け
04月 3098 相模国東郡八幡 郷村
04月 3099 相模国東郡比企谷妙本寺 寺社 寺家門前
04月 3100 相模国東郡本覚寺 寺社 寺家門前
04月 3101 相模国東郡本蓮寺 寺社 寺家門前
04月 3102 相模国三浦郡芦名郷浄楽寺 寺社 寺家門前
04月 3103 相模国三浦郡内浦之郷龍真寺 寺社 寺社だが郷村向け
04月 3105 相模国三浦大妙寺 寺社 寺家門前
04月 3107 相模国高座郡渋谷庄他 郷村
04月 3108 下野国大中寺 寺社 寺社だが郷村向け
04月 3109 下総国庄内十六郷 郷村
04月 3110 武蔵国大滝 郷村
04月 3111 武蔵国椚田郷高乗寺 寺社 寺社だが郷村向け
04月 3112 武蔵国城立寺 寺社 寺社だが郷村向け
04月 3113 武蔵国東国寺 寺社 寺社だが郷村向け
04月 3114 武蔵国鉢形 郷村
04月 3115 武蔵国山口他 郷村 寺家門前之輩 郷村だが寺社向け
04月 3116 武蔵国稲毛郡作延郷 郷村
04月 3117 武蔵国稲毛郷河崎六ヶ村 郷村
04月 3118 武蔵国江戸報恩寺 寺社 寺家門前之輩
04月 3119 武蔵国荏原郡世田谷郷 郷村
04月 3120 武蔵国荏原郡江戸の内牛込 郷村
04月 3121 武蔵国遠藤郷法泉寺 寺社 寺僧門前之輩 相模国の誤記
04月 3122 武蔵国荏原郡忍の内龍淵寺・熊谷 郷村
04月 3123 武蔵国金沢称名寺 寺社 寺家門前之輩
04月 3124 武蔵国久良岐郡十二郷 郷村
04月 3125 武蔵国久良岐郡日野村 郷村
04月 3126 武蔵国久良岐郡宝生寺 寺社 寺家門前
04月 3127 武蔵国久良岐郡内長田郷 郷村 土民百姓等
04月 3128 武蔵国久良岐郡内本牧 郷村 土民百姓等
04月 3129 武蔵国小机之内千ヶ崎郷総泰院観音堂 寺社 寺僧門前之族
04月 3130 武蔵国昌龍寺 寺社 寺社だが郷村向け
04月 3131 武蔵国白金郷阿佐布善福寺 寺社 寺僧門前之輩
04月 3132 武蔵国関戸郷 郷村
04月 3133 武蔵国橘樹郡小田村 郷村
04月 3134 武蔵国多東郡中野郷 郷村
04月 3135 武蔵国多東郡補陀郷 郷村
04月 3136 武蔵国都築郡小机之内庄内 郷村
04月 3137 武蔵国都筑郡内麻生郷王禅寺村 郷村
04月 3138 武蔵国豊島郡江戸吉祥寺 寺社 寺家門前之輩
04月 3139 武蔵国豊島郡江戸増上寺 寺社 寺家門前之輩
04月 3140 武蔵国豊島郡浅草十二坊 寺社 寺僧門前之輩 写し文書で、東照宮御朱印とあり
04月 3141 武蔵国二俣川郷 郷村
04月 3142 武蔵国師岡保内十二ヶ郷 郷村
04月 3143 所付欠(韮山真珠院文書) 寺社 門前百姓
04月 3144 所付欠(新編武州古文書法華寺所蔵) 寺社 寺僧門前之輩
04月 3145 所付欠(静岡県史原文書) 未詳 写し文書で、石田治部承之とあり
04月 3146 所付欠(武州文書) 未詳 土民百姓等
04月 3147 所付欠(武州文書) 未詳 土民百姓等
05月 3235 上総国市原庄八幡郷他 郷村
05月 3236 相模国大中郡落合郷長徳寺 寺社 寺家門前之族
05月 3237 相模国西郡内国府津郷真楽寺 寺社 寺家門前
05月 3238 相模国東郡当麻郷 郷村
05月 3239 相模国三浦郡野比郷最宝寺 寺社 寺家門前之族
05月 3240 下野国常陸国田野他 郷村
05月 3241 常陸国鹿島宮 寺社 社内門前之輩
05月 3242 常陸国知足院 寺社 寺家門前族
05月 3243 武蔵国河越蓮馨寺他 寺社 寺社だが郷村向け
05月 3244 武蔵国大田之庄久喜郷甘棠院 寺社 寺社だが郷村向け
05月 3245 武蔵国忍之内清水正伝院 寺社 寺家門前之輩
05月 3246 武蔵国多西郡高幡村・河辺村 郷村
05月 3247 武蔵国多西郡内落川村 郷村
05月 3248 武蔵国多西郡内三沢村 郷村
05月 3249 武蔵国多西郡内由木之郷 郷村
05月 3250 武蔵国奈良集福寺 寺社 寺家門前之輩
05月 3251 武蔵国山田庄河越卅三郷内豊田郷他 郷村
05月 3252 所付欠(結城市史越前山川文書) 未詳
05月 3253 所付欠(内閣文庫諸国文書) 未詳
06月 3281 上総国一宮観明寺 寺社 当寺中并門前之百姓等
06月 3282 上総国長南三途台長福寺 寺社 当寺中并門前之百姓等
07月 3334 武蔵国足立郡内浦和宿 郷村
07月 3335 安房国清澄寺 寺社 当寺中并門前之百姓等
07月 3336 常陸国石塚 郷村
07月 3337 陸奥国佐竹知行滑津他 郷村
07月 3338 陸奥国矢田安房守領内 郷村
07月 3339 上総国光福寺 寺社 当寺中并門前之百姓等
07月 3340 上総国神野寺 寺社 当寺中并門前之百姓等
07月 3341 上総国高谷円明寺 寺社 当寺中并門前之百姓等
07月 3342 下野国高田専修寺 寺社 寺社だが郷村向け
07月 3343 武蔵国多東郡足立庄内鳩井村 郷村
07月 3344 出羽国荘内田川郡 郷村
07月 3345 常陸国金砂西山 郷村
07月 3346 常陸国千妙寺 寺社 当寺中并門前之百姓等
07月 3347 三河国大山山龍渓院 寺社 寺僧門前輩
07月 3348 陸奥国岩城知行分某 郷村
07月 3349 所付欠(秋田藩家蔵文書) 未詳
07月 3350 所付欠(大阪城天守閣) 未詳
07月 3351 所付欠(兵庫県史大芋文書) 未詳
07月 3352 所付欠(常総遺文) 未詳
07月 3353 所付欠(千光寺文書) 寺社 寺社だが郷村向け
07月 3354 所付欠(相馬文書) 未詳
07月 3355 所付欠(南部家文書) 未詳
07月 3356 所付欠(福田文書) 未詳
07月 3357 所付欠(万福寺文書) 寺社 寺社だが郷村向け
07月 3358 所付欠(来迎寺文書) 寺社 寺社だが郷村向け
07月 3359 所付欠(来迎寺文書) 寺社 寺社だが郷村向け
07月 3360 所付欠(来迎寺文書) 寺社 寺社だが郷村向け
07月 3361 所付欠(来迎寺文書) 寺社 寺社だが郷村向け
08月 3416 尾張国津島天王境内 寺社 神主五ヶ村之族
08月 3417 出羽国仙北九郎知行分 郷村
08月 3418 所付欠(安土城考古博物館) 未詳
08月 3419 所付欠(尾崎文書) 未詳
08月 3420 所付欠(栃木県立文書館坂入浩一家文書) 未詳
08月 3421 所付欠(思文閣古文書資料目録) 未詳
08月 3422 所付欠(編年文書) 未詳
08月 3423 所付欠(安井家文書) 未詳

B型

厳密にいうと禁制ではなく定書。12月・1月・8月で合計19件。文言の異動は細かい表記で見られるが、文意や名詞が大きく異なることはない。

文書例

定 駿河内ふから一、軍勢味方の地にをいて乱妨狼藉の輩、一銭きりたるへき事
一、陣取にをいて火を出す族あらは、からめとり出すへし、自然逐電せしめハ、其主人罪科たるへき事
一、ぬか・わら・薪・さうし以下亭主に相ことハり可取之事
右条々若令違犯者、忽可被処厳科旨被仰出候也、
天正十七年十二月日/(羽柴秀吉朱印影)

  • 豊臣秀吉文書集2897「羽柴秀吉定書」(判物証文写・東大史影写)
一覧
発行月 文書番号 宛所 宛所種別
12月 2897 駿河国深良 郷村
12月 2898 駿河国御厨屋内竹下 郷村
12月 2899 遠江国 国名
12月 2900 所付欠(池田村共有文書・静岡県史料) 未詳
12月 2901 所付欠(因幡志) 個人名ヵ
12月 2902 所付欠(中村文書) 個人名ヵ
12月 2903 所付欠(溝口文書) 個人名ヵ
12月 2904 所付欠(歴代古案) 個人名ヵ
01月 2951 所付欠(吉川家什書) 個人名ヵ
01月 2952 所付欠(思文閣古書資料目録) 個人名ヵ
01月 2953 所付欠(反町文書) 個人名ヵ
01月 2954 所付欠(尊経閣古文書) 個人名ヵ
01月 2955 所付欠(多賀文書) 個人名ヵ
01月 2956 所付欠(中川家文書・神戸大学文学部) 個人名ヵ
01月 2957 所付欠(播州小野藩一柳家史料) 未詳
07月 3362 浅野弾正少弼 個人名
08月 3424 石田治部少輔 個人名
08月 3425 羽柴越後宰相 個人名
08月 3426 所付欠(宇都宮家蔵文書) 個人名ヵ

C型

4月から登場し、47件残存している。百姓に還住を命じ、耕作を再開させようとしている。5月に3件、6月・7月にそれぞれ1件ずつがあるほかは、4月に集中している。文言はかなりの異動があり、状況に応じて書き分けているように見える。

文書例

禁制 相模国飯泉山坊中
一、衆徒地下人等急渡令還住事
一、軍勢甲乙人立帰之寺院・百姓家不可陣取事
一、対衆地下人非分之義申懸族有之者、可申出、并竹木麦毛不可可刈取事
右若違犯之輩者、速ニ可被処厳科者也、
天正十八年四月日/御在判

  • 豊臣秀吉文書集3062「羽柴秀吉禁制写」(勝福寺文書)
一覧
発行月 文書番号 宛所 宛所種別
04月 3062 相模国飯泉山坊 寺社
04月 3148 伊豆国岩科郷 郷村
04月 3149 伊豆国宇佐美 郷村
04月 3150 伊豆国大竹村他 郷村
04月 3151 伊豆国小坂郷 郷村
04月 3152 伊豆国重須郷 郷村
04月 3153 伊豆国狩野内田代郷 郷村
04月 3154 伊豆国川奈郷他 郷村
04月 3155 伊豆国久料 郷村
04月 3156 伊豆国古宇 郷村
04月 3157 伊豆国白田村 郷村
04月 3158 伊豆国田中郷内大仁村 郷村
04月 3159 伊豆国田中郷内狩野牧村 郷村
04月 3160 伊豆国田中郷内修禅寺 寺社
04月 3161 伊豆国田中郷内長岡村 郷村
04月 3162 伊豆国田中郷内三福村 郷村
04月 3163 伊豆国田中郷倭文村 郷村
04月 3164 伊豆国長浜村 郷村
04月 3165 伊豆国西浦庄内三津郷他 郷村
04月 3166 伊豆国箱根寺家門前 寺社
04月 3167 伊豆国肥田郷他 郷村
04月 3168 伊豆国牧之郷 郷村
04月 3169 伊豆国松笠郷 郷村
04月 3170 伊豆国三島護摩堂 寺社
04月 3171 伊豆国三島大明神 寺社
04月 3172 伊豆国某 郷村
04月 3173 相模国神山村他 郷村
04月 3174 相模国大山坊中 寺社
04月 3175 相模国金子村 郷村
04月 3176 相模国河村郷 郷村
04月 3177 相模国国府の郷 郷村
04月 3178 相模国星谷寺・座間七ヶ村 郷村
04月 3179 相模国西郡赤田他 郷村
04月 3180 相模国西郡栢山郷 郷村
04月 3181 相模国西郡酒匂郷 郷村
04月 3182 相模国西郡飯田郷 郷村
04月 3183 相模国狩野庄 郷村
04月 3184 相模国西郡延沢金井島 郷村
04月 3185 相模国西郡松田郷 郷村
04月 3186 相模国東郡懐島三ヶ村 郷村
04月 3187 相模国日向小屋・七沢小屋・煤ヶ谷小屋 郷村
04月 3188 所付欠(武家事紀) 未詳
05月 3254 下総国万満寺 寺社
05月 3255 武蔵国足立慈眼寺 寺社
05月 3256 所付欠(集古文書) 未詳
06月 3283 下総国東昌寺 寺社
07月 3363 上総国真里谷真如寺 寺社

その他

例外的に1文書だけ、条書ではない定書が存在する。

文書

定 駿河一花堂
軍勢甲乙人等陣取事、堅被停止之訖、若違犯之輩於有之者、可被処罪科者也、
天正十八年二月十五日/(羽柴秀吉朱印影)

  • 豊臣秀吉文書集2964「羽柴秀吉定写」(長善寺文書)

2018/05/28(月)織田信長の戦時禁制

織田信長の戦時禁制で条書ではないもの

信長禁制はほぼ条書だが、永禄10年にある3件は非条書で例外的な存在。

多芸庄椿井郷。当郷之儀、依為太神宮領、伊勢寺内相構之旨、得其意候、然者陣取・放火・濫妨・狼藉、其外伐採竹木等、非分之族申懸之事、一切令停止畢、若於違背輩者、可加成敗者也、仍状如件、
永禄十年九月日/(織田信長花押)

  • 増訂織田信長文書の研究0070「織田信長禁制」(大西源一氏蒐集文書・伊勢古文書集一上)

北加納。右当郷百姓等、可罷帰候、然上者伐採竹木、猥作毛苅取、於令狼藉者、可成敗者也、仍下知如件、
永禄十年九月日/(織田信長花押)

  • 増訂織田信長文書の研究0071「織田信長禁制」(美濃円徳寺制札)

当寺并門前可為如前々、猥伐採竹木、於致陣取・放火・濫妨・狼藉輩者、可加成敗之状如件、
永禄十九月日/信長(花押)/崇福寺

  • 増訂織田信長文書の研究0072「織田信長禁制」(美濃・崇福寺文書)

戦時禁制・条書一覧

『増訂織田信長文書の研究』から、戦時のものと思われる禁制を抽出し、それらの箇条書き部分だけを表にした。

「軍勢」「甲乙人」「押執」のいずれかがが含まれているものを戦時と判断した。

一覧

文書番号 条項1 条項2 条項3 条項4 条項5 手数料記載 宛所
1555(天文24)年 07月 補遺049 諸軍勢濫妨・らうせきの事 放火之事 竹木を伐取事 尾張正法寺
1558(永禄元)年 12月 0026 軍勢甲乙人等、濫妨・狼藉之事 於境内殺生并寺家門外竹木伐採、令借宿事 祠堂物、買得・寄進田地、雖為本人子孫違乱事 准総寺庵、引得之地、門前棟別・人夫諸役等相懸、入譴責使事 於国中渡・諸役所事 白坂雲興寺
1558(永禄元)年 12月 補遺051 軍勢・甲乙人等、濫妨・狼藉事 於境内殺生并寺家門外、竹木伐採之事 祠堂物、買徳、寄進田地、雖為出人子孫、不可致違乱之事 門前棟別、人夫諸役等相懸、入譴責使之事 於国中渡・諸役所之事 尾張正眼寺
1560(永禄3)年 12月 0028 軍勢甲乙人等、濫妨・狼藉之事 於境内殺生並寺家・門外竹木伐採、令借宿事 祠堂物、買得・寄進田地、雖為本人子孫違乱事 准総寺庵、引得之地、門前棟別・人夫諸役等相懸、入譴責使事 於国中渡・諸役所之事 東竜寺
1561(永禄4)年 05月 補遺112 甲乙人濫妨狼藉事 陣取放火之事 伐採竹木事、付諸役免許之事 北野村真福寺
1561(永禄4)年 06月 0029 甲乙人等、濫妨・狼藉之事 陣取・放火之事 伐採竹木之事 平野之内神戸市場
1563(永禄6)年 04月 0034 当手軍勢、濫妨・狼藉、陣取・放火、於境内殺生、況剪山林・竹木事 寺内・門前棟別・夫丸・譴責使并祠堂米徳政之事 為祠堂、若有寄進地、縦雖闕所之地類、違乱之族、次末寺諸庄園同前之事 妙興寺
1563(永禄6)年 10月 0038 濫妨・狼藉、放火之事 伐採竹木事 殺生之事 祠堂、買得・寄進田地令違乱事 寺領百姓已下新儀諸役之事 曼荼羅寺
1564(永禄7)年 10月 補遺007 当手軍勢甲乙人等、濫妨・狼藉、陣取、放火之事 於境内殺生、況伐採山林・竹木事 準総寺庵、棟別・人夫等相懸、并門前東西尾呂小家等入譴責使事 祠堂米寄進田地、徳政并俵物相留事 於方丈并諸寮舎要脚事 水野郷定光寺
1567(永禄10)年 09月 0073 陣取・放火之事 濫妨・狼藉之事 伐採竹木、猥立作毛苅事 千手堂
1568(永禄11)年 09月 0101 当手軍勢濫妨・狼藉之事 放火事 廻船令違乱事 沖島
1568(永禄11)年 09月 0102 当手軍勢濫妨・狼藉之事 陣取・放火之事 伐採竹木之事 飯高
1568(永禄11)年 09月 0103 当手軍勢濫妨・狼藉之事 陣執、放火之事 非分之族申懸之事 京都上京
1568(永禄11)年 09月 0104 当手軍勢濫妨・狼藉事 陣執、放火之事 非分之族申懸之事 吉田郷
1568(永禄11)年 09月 0106 当手軍勢濫妨・狼藉之事 陣取、放火之事 伐採竹木之事 八瀬
1568(永禄11)年 09月 0107 当手軍勢濫妨・狼藉事 陣執、放火之事 伐採竹木并非分之族申懸事 四条あまへ
1568(永禄11)年 09月 0108 当手軍勢濫妨・狼藉之事 陣取、放火、付非分課役之事 伐採山林・竹木之事 賀茂社領境内六郷
1568(永禄11)年 09月 0109 当手軍勢濫妨・狼藉之事 陣取、放火之事 伐採竹木并非分申懸之事 若王子并■■
1568(永禄11)年 09月 0110 当手軍勢濫妨・狼藉之事 伐採山林・竹木事、付放火事 為私相懸矢銭・兵粮米事 大山崎
1568(永禄11)年 09月 0111 当手軍勢濫妨・狼藉之事 陣取、放火之事 伐採竹木之事 紫野大徳寺同門前
1568(永禄11)年 09月 0112 当手軍勢濫妨・狼藉之事 陣執、放火之事 伐採竹木、并非分申懸之事 妙心寺
1568(永禄11)年 09月 0113 当手軍勢濫妨・狼藉之事 陣取、放火之事 伐採竹木、非分申懸之事 南禅寺同門前
1568(永禄11)年 09月 0114 当手軍勢濫妨・狼藉事 陣執、放火之事 伐採竹木、并非分之族申懸事 新知恩院
1568(永禄11)年 09月 0115 当手軍勢濫妨・狼藉之事 放火、付殺生之事 伐採山林竹木事 清水寺同門前
1568(永禄11)年 09月 0116 当手軍勢・濫妨・狼藉之事 陣執、放火之事、付寄宿 伐採竹木之事 東寺同境内
1568(永禄11)年 09月 0117 当手軍勢濫妨・狼藉事 陣執、放火、付伐採竹木事 為私矢銭・兵粮米申懸之事 嵯峨郷清涼寺
1568(永禄11)年 09月 0118 当手軍勢濫妨・狼藉之事 為私相懸矢銭・兵粮米非分之事 陣取、放火、伐採竹木、田畠荒事 西八条遍照心院并境内
1568(永禄11)年 09月 0119 当手軍勢濫妨・狼藉之事 陣取、寄宿、放火之事 非分之族申懸之事 本能寺
1568(永禄11)年 09月 0120 当手軍勢濫妨・狼藉之事 陣取、放火之事 伐採竹木、非分申懸之事 妙伝寺
1568(永禄11)年 09月 0121 当手軍勢濫妨・狼藉之事 陣取・寄宿、并伐採竹木之事 放火、相懸矢銭・兵粮等非分之事 妙顕寺
1568(永禄11)年 09月 0122 当手軍勢濫妨・狼藉之事 陣執、放火之事 伐採竹木之事 尼崎本興寺并寺中
1568(永禄11)年 10月 0128 当手軍勢濫妨・狼藉之事 陣取、寄宿、放火之事 相懸矢銭・兵粮米等事 大和法隆寺
1568(永禄11)年 10月 0129 当手軍勢濫妨・狼藉之事 陣取、放火之事 伐採竹木之事 永原
1569(永禄12)年 03月 0158 軍勢甲乙人濫妨・狼藉之事 陣取、放火之事 山林伐採竹木之事 刀田山鶴林寺
1569(永禄12)年 03月 補遺065 新儀之諸公事免許、付郷質・所質不可押執事 寺社領当知行分、不可有相違之事 山林伐採竹木、非分不可申懸之事 志賀郡伊香立
1569(永禄12)年 08月 0197 甲乙人等濫妨・狼藉事 陣取、放火之事 為下々猥非分申懸之事 勢州宇治朝熊三村
1570(元亀元)年 06月 0239 甲乙人濫妨・狼藉之事 陣取、放火之事 伐採竹木之事 菅浦
1570(元亀元)年 06月 0242 甲乙人濫妨・狼藉之事 陣取、放火并矢銭等之事 伐採竹木、并酒飯仕出事 菅浦
1572(元亀3)年 10月 0345 陣執之事 伐採竹木之事 国役之事 西庄永明寺
1573(元亀4)年 03月 0365 当手軍勢、甲乙人乱妨・狼藉事 陣取、放火之事 山林竹木伐採事 矢銭・兵粮米等相懸事 新儀非分之族申懸事 大山崎惣庄中
1573(元亀4)年 07月 0381 濫妨狼藉・放火并陣取之事 矢銭已下申懸之事 寺領令違乱之事 和州西京薬師寺
1573(天正元)年 08月 0389 濫妨・狼藉之事 陣取、放火之事 伐採竹木之事 別印村千福知行方
1573(天正元)年 08月 0391 甲乙人等、濫妨・狼藉之事 陣取、放火之事 伐採竹木之事 惣社大明神并社家
1573(天正元)年 08月 0392 甲乙人等、濫妨・狼藉之事 陣取、放火之事 伐採竹木之事 御簾尾村
1573(天正元)年 08月 0393 濫妨・狼藉、放火之事 陣取之事 山林伐採竹木之事 井川村
1573(天正元)年 08月 0394 甲乙人等、濫妨・狼藉之事 伐採山林竹木之事 非分族并寄宿之事 敦賀西福寺
1573(天正元)年 08月 0395 濫妨・狼藉之事 陣取、放火之事 伐採竹木之事 滝谷寺并門前
1573(天正元)年 08月 0396 甲乙人等濫妨・狼藉之事 陣取、放火之事 伐採竹木之事 長崎村称念寺
1573(天正元)年 10月 0418 濫妨・狼藉之事、付矢銭之事 陣執、放火之事 伐採竹木、非分申懸事、付諸役事 一身田無量寿寺并門前
1574(天正2)年 01月 0440 陣取并寄宿等、不可有之、付不可伐採竹木事 矢銭・兵粮米并雖当座之取替、不可懸之事 諸給人入地・入被官等、如先規不可有異儀、付堂衆之儀、是又可為如先規事 和州法隆寺
1574(天正2)年 06月 補遺145 陣取放火事 濫妨狼藉事 伐採竹木事 三州山中勅願所法蔵寺門内門前
1574(天正2)年 11月 0485 軍勢・甲乙人、不可陣取、濫妨・狼藉事 不可伐採山林・竹木事 臨時之諸役令免除畢、并霊供米不可違乱事 金戒光明寺
1575(天正3)年 09月 0551 軍勢・甲乙人等、濫妨・狼藉事 伐採山林・竹木事 放火事 越州織田庄
1575(天正3)年 09月 0552 軍勢・甲乙人等、乱妨・狼藉事 伐採山林・竹木事 放火事、付陣取事 高田門徒境内熊坂郷
1575(天正3)年 09月 0553 軍勢・甲乙人等、濫妨・狼藉事 伐採山林・竹木事 放火事 越州永平寺
1575(天正3)年 09月 0554 軍勢・甲乙人等、濫妨・狼藉事 伐採山林・竹木事 放火事 越州寮村
1575(天正3)年 09月 0555 軍勢・甲乙人等、濫妨・狼藉事 伐採山林・竹木事 放火事 越州新郷郷
1575(天正3)年 09月 0556 軍勢・甲乙人等、濫妨・狼藉事 伐採山林・竹木事 放火事 越州竹守村
1575(天正3)年 09月 p94参考(柴田勝家発給) 当郷百姓等、早々可還住事 新儀非分之族申懸輩在之者、為地下人可直奏、并祀銭・礼物已下於立入者、双方可為同罪事 伐採山林・竹木者、押置可注進事 織田寺・同門前
1575(天正3)年 09月 p99参考(柴田勝家発給) 当郷百姓等、早々可還住事 新儀非分之族申懸輩在之者、為地下人可直奏、并祀銭・礼物已下於立入者、双方可為同罪事 伐採山林・竹木者、押置可注進事 越州新郷郷
1575(天正3)年 09月 補遺164 軍勢甲乙人等、濫妨・狼藉事 伐採山林・竹木事 放火事 越前石場庄
1575(天正3)年 09月 補遺165 軍勢甲乙人等、濫妨・狼藉事 伐採山林・竹木事 放火事 越州風尾村
1576(天正4)年 05月 0643 軍勢・甲乙人等、乱入・狼藉事 伐採山林・竹木事 陣取事 紀伊国大田
1577(天正5)年 03月 0705 軍勢・甲乙人等、乱妨・狼藉事 伐採山林・竹木事 放火事 泉州松尾寺
1578(天正6)年 04月 0765 軍勢・甲乙人等、乱妨・狼藉事 伐採山林・竹木事 苅取麦事、付放火事 天王寺境内
1578(天正6)年 11月 0798 甲乙人等、乱妨・狼藉事 放火事 伐採竹木事 上牧郷
1578(天正6)年 11月 0799 軍勢・甲乙人等、乱入・狼藉事 陣取事 伐採山林・竹木事 塩川領中所々
1579(天正7)年 04月 0823 軍勢・甲乙人等、乱妨・狼藉事 伐採山林・竹木事 相懸矢銭・兵粮米事 陣取事 新儀課役事、付寺領違乱事 和州西京薬師寺
1580(天正8)年 03月 0856 軍勢・甲乙人等、乱妨・狼藉事 新儀諸役事 壊取家事 摂州塚口
1580(天正8)年 03月 0857 軍勢・甲乙人等、乱妨・狼藉事 新儀諸役事 理不尽入譴責使事 摂州西宮
1580(天正8)年 03月 補遺099 軍勢・甲乙人等、乱妨・狼藉事 新儀課役事 理不尽入譴責使事 摂州湯山
1582(天正10)年 03月 0986 軍勢・甲乙人等、乱妨・狼藉事 伐採山林・竹木事 相懸箭銭・兵粮事 信州諏訪明神社家
1582(天正10)年 03月 0987 軍勢・甲乙人等、乱妨・狼藉事 伐採山林・竹木事 相懸箭銭・兵粮事 信濃国諏訪神宮寺境内
1582(天正10)年 03月 0988 当寺陣取之事 乱妨・狼藉事 放火之事 上坊
1582(天正10)年 03月 0989 軍勢・甲乙人等、濫妨・狼藉事 伐採山林・竹木事 非分課役事 上坊院内
1582(天正10)年 03月 0990 甲乙人等、乱妨・狼藉事 伐採山林・竹木事 相懸箭銭・兵粮米事 仁科郡栗尾山満願寺
1582(天正10)年 03月 0991 軍勢・甲乙人等、濫妨・狼藉事 相懸矢銭・兵粮等事 放火事 信州下諏方慈雲寺境内
1582(天正10)年 03月 0992 籠屋落所之事 濫妨・狼藉之事 放火之事 乾福寺
1582(天正10)年 03月 0993 甲乙人等、濫妨・狼藉事 対還住百姓以下、成煩事 非分課役事 御判銭・取次銭・筆料等、一切禁制事 吉野郷
1582(天正10)年 03月 0994 甲乙人等、乱妨・狼藉事 対還住百姓已下、成煩事 非分課役事 御判銭・取次銭・筆耕等、同事 信州小県内南牧村
1582(天正10)年 03月 0995 甲乙人等、濫妨・狼藉事 対還住百姓以下、成煩事 非分課役事 御判銭・取次銭・筆料等、一切禁制事 武井ノ庄田辺郷
1582(天正10)年 03月 0996 甲乙人等、乱妨・狼藉事 対還住百姓以下、成煩事 非分課役事 御判銭・取次銭・筆耕等、同 小林村
1582(天正10)年 03月 0997 甲乙人等、乱妨・狼藉事 伐採山林・竹木事 相懸箭銭・兵粮米事 大野郷雨方
1582(天正10)年 03月 0998 甲乙人等、乱入・狼藉事 対立帰地下人・百姓、成煩事 懸矢銭・兵粮等事 比地郷
1582(天正10)年 03月 0999 甲乙人等、乱妨・狼藉事 対還住地下人百姓、成煩事 非分課役事 御判銭・取次銭・筆料等、一切禁制事
1582(天正10)年 03月 1000 軍勢・甲乙人等、濫妨・狼藉事 伐採山林・竹木事 非分課役事 甲州巨摩郡伝嗣院境内
1582(天正10)年 03月 1001 甲乙人等、乱妨・狼藉事 対還住百姓以下、成煩事 非分課役事 御判銭・取次銭・筆耕等、同禁制事 保■郷
1582(天正10)年 03月 1002 甲乙人等、濫妨・狼藉之事 陣取・放火之事 還住之者、違乱之事 奈良原
1582(天正10)年 03月 1003 甲乙人等、乱妨・狼藉事 対還住百姓以下、成煩事 非分課役事 御判銭・取次銭・筆耕等、同禁制事 川口郷
1582(天正10)年 04月 1017 甲乙人等、乱妨・狼藉事 対還住百姓以下、成煩事 非分課役事 御判銭・取次銭・筆耕等、不可出之 甲州諏訪社
1582(天正10)年 04月 1018 甲乙人等、乱妨・狼藉之事 於宮中ニ陣取、放火之事 往還之貴賎、社中投一宿之事 八幡宮
1582(天正10)年 04月 1019 甲乙人等、乱妨・狼藉事 対還住百姓以下、成煩事 非分課役事 御判銭・取次銭・筆耕等、同事 御嶽山
1582(天正10)年 04月 1020 甲乙人等、乱妨・狼藉事 対還住百姓以下、令煩事 非分課役事 御判銭・取次銭・筆耕等、不可出之 甲州二宮郷
1582(天正10)年 04月 1021 甲乙人等、乱妨・狼藉事 対還住百姓以下、成煩事 非分課役事 御判銭・取次銭・筆耕等、同事 西山慈照寺
1582(天正10)年 04月 1022 甲乙人等、乱妨・狼藉事 伐採山林・竹木事 非分課役事 法善護国寺境内
1582(天正10)年 04月 1023 甲乙人等、乱妨・狼藉事 対還住百姓以下、成煩事 非分課役事 御判銭・取次銭・筆耕等、同事 千塚郷穀蔵寺
1582(天正10)年 04月 1024 甲乙人等、乱妨・狼藉事 伐採山林・竹木事 非分課役事 御判銭・取次銭・筆耕等、不可出之 中郡仁勝寺
1582(天正10)年 04月 1025 甲乙人等、乱妨・狼藉事 伐採山林・竹木事 非分課役事 恵雲院
1582(天正10)年 04月 1026 甲乙人等、乱妨・狼藉事 伐採竹木事 非分課役事 甲州府中長慶寺
1582(天正10)年 04月 1027 甲乙人等、乱妨・狼藉事 伐採山林・竹木事 非分課役事 御判銭・取次銭・筆耕等、不可出之 実相院
1582(天正10)年 04月 1028 甲乙人等、乱妨・狼藉事 伐採山林・竹木事 非分課役事 御判銭・取次銭・筆耕等、不可出之 山梨郡少林寺
1582(天正10)年 04月 1029 甲乙人等、乱妨・狼藉事 剪採山林・竹木事 非分課役事 御判銭・取次銭・筆耕等、不可出之 楢原郷光西寺境内
1582(天正10)年 04月 1030 甲乙人等、乱妨・狼藉事 対還住百姓以下、成煩事 非分課役事 御判銭・取次銭・筆耕等、不可出之 岩手村信盛院
1582(天正10)年 04月 1031 甲乙人等、乱妨・狼藉事 対還住百姓以下、成煩事 非分課役事 御判銭・取次銭・筆耕等、不可出之 甲斐法正寺
1582(天正10)年 04月 1032 軍勢甲乙人等、乱妨・狼藉事 伐採山林・竹木事 放火事、付、堂舎壊取事 御判銭・取次銭・筆耕等、不可出之 甲州塩山向岳寺門前
1582(天正10)年 04月 1033 甲乙人等、乱妨・狼藉事 対還住百姓以下、成煩事 非分課役事 御判銭・取次銭・筆耕等、不可出之 甲斐雲峯寺
1582(天正10)年 04月 1034 甲乙人等、乱妨・狼藉事 山林・竹木伐採并殺生事 非分課役事 御判銭・取次銭・筆耕等、不可出之 東林院
1582(天正10)年 04月 1035 甲乙人等、乱妨・狼藉事 伐採山林・竹木事 非分課役事 柏尾山境内
1582(天正10)年 04月 1036 甲乙人等、乱妨・狼藉事 対還住百姓以下、成煩事 非分課役事 御判銭・取次銭・筆耕等、不可出之 甘利内須沢郷
1582(天正10)年 04月 1037 甲乙人等、乱妨・狼藉事 対還住百姓以下、成煩事 非分課役事 御判銭・取次銭・筆耕等、不可出之 巨麻中郡山上郷
1582(天正10)年 04月 1038 甲乙人等、乱妨・狼藉事 対還住百姓以下、成煩事 非分課役事 御判銭・取次銭・筆耕等、不可出之 甲斐神戸郷
1582(天正10)年 04月 1039 甲乙人等、乱妨・狼藉事 対還住百姓以下、成煩事 非分課役事 御判銭・取次銭・筆耕等、不可出之 小室郷
1582(天正10)年 04月 1040 甲乙人等、乱妨・狼藉事 対還住百姓以下、成煩事 非分課役事 御判銭・取次銭・筆耕等、同事 下宮地郷(宛所に「八幡神主参」)
1582(天正10)年 04月 1041 甲乙人等、乱妨・狼藉事 対還住百姓以下、成煩事 非分課役事 甲州上条
1582(天正10)年 04月 1042 甲乙人等、乱妨・狼藉事 対還住百姓以下、成煩事 非分課役事 御判銭・取次銭・筆耕等、不可出之 甲州下井尻郷
1582(天正10)年 04月 1043 甲乙人等、乱妨・狼藉事 対還住百姓以下、成煩事 非分課役事 御判銭・取次銭・筆耕等、不可出之 甲斐岩下郷
1582(天正10)年 04月 1044 甲乙人等、乱妨・狼藉事 対還住百姓以下、成煩事 非分課役事 御判銭・取次銭・筆耕等、不可出之 甲州西保郷
1582(天正10)年 04月 1045 甲乙人等、乱妨・狼藉事 対還住百姓以下、成煩事 非分課役事 御判銭・取次銭・筆耕等、不可出之 仏師原郷
1582(天正10)年 04月 1046 甲乙人等、乱妨・狼藉事 対還住百姓以下、成煩事 非分課役事 御判銭・取次銭・筆耕等、不可出之 甲州於曽郷
1582(天正10)年 04月 1047 甲乙人等、乱妨・狼藉事 対還住百姓以下、成煩事 非分課役事 御判銭・取次銭・筆耕等、不可出之 八代郡西海郷
1582(天正10)年 04月 1048 甲乙人等、乱妨・狼藉事 対還住百姓以下、成煩事 非分課役事 御判銭・取次銭・筆耕等、不可出候 所付欠
1582(天正10)年 04月 1049 甲乙人等、乱妨・狼藉事 対還住百姓以下、成煩事 非分課役事 御判銭・取次銭・筆耕等、同事 所付欠
1582(天正10)年 04月 1050 甲乙人等、乱妨・狼藉事 対還住百姓以下、成煩事 非分課役事 御判銭・取次銭・筆耕等、不可出之 所付欠

2018/05/28(月)「野菜は申し出てから奪え」という指示

秀吉の制札

本来寺や郷村を保護する指示書でなぜ?

羽柴秀吉が出した定書に「糠・藁・薪・野菜は住人に通告してから取るように」という条文がある。ということは「通告さえすれば奪ってよい」ということになる。


駿河内ふから
一、軍勢味方の地にをいて乱妨狼藉の輩、一銭きりたるへき事
一、陣取にをいて火を出す族あらは、からめとり出すへし、自然逐電せしめハ、其主人罪科たるへき事
一、ぬか・わら・薪・さうし以下亭主に相ことハり可取之事
右条々若令違犯者、忽可被処厳科旨被仰出候也、
天正十七年十二月日/(羽柴秀吉朱印影)

  • 豊臣秀吉文書集2897「羽柴秀吉定書」(判物証文写・東大史影写)

この定書は駿河・遠江に3件。所付を欠いたものが16件配布されていて、信憑性は高い。

この手の禁止事項は地権者、上記で言えば駿河国深良郷が受け取り、略奪にやってきた羽柴方を追い返すのに用いられる。他の制札を見ると、境内には絶対入るなとか、狼藉は禁止するという強い制止が書かれており、侵入されたり略奪されたりという事態に陥った地権者が提示する作りになっている。

となるとこの定書は不思議で、深良郷にとっての利点は「糠・藁・薪・雑事(=野菜)を奪われるのは防げないが、略奪通告はしてもらえる」ということでしかない。狼藉禁止・防火対策を命じた前2条との抱き合わせで郷村に条件をのませたのだろうか。

類似文書を探してみる

似た文書がないかを探してみたところ、遡ること55年前、今川義元・太原崇孚が出した禁制に「竹木・芋・大豆・菜・雑事を、所望せずに抜き取ること」が書かれ禁止されていた。

制札
すとなかさとかゝへ
一、軍勢甲乙人等、濫妨狼藉之事
一、苅田之事
一、竹木・芋・大豆・菜・雑事、不所望抜取事
右、堅停止之上、於違犯之輩者、可処厳科者也、仍如件、
七月廿六日/文頭に(朱印「義元1型」)崇孚(花押)

  • 戦国遺文今川氏編0776「今川義元禁制」(富士市中里・多聞坊文書)1545(天文14)年比定

もう1つ。後北条氏も年未詳ながら「陣具・芋・大豆のたぐいはどこの土地のものでも取ってよい」と書いている。

制札
右、大河原谷西之入筋、案独斎於知行、諸軍人馬取事、并屋敷之内ニて、鑿取令停止候、但陣具・芋・大豆之類者、何方之地候共、可為取之者也、仍状如件、
九月九日/(虎朱印)

  • 戦国遺文後北条氏編3815「北条家制札」(浄蓮寺文書)

こう並べてみると、米穀を除く食糧・道具は略奪禁止から外されており、中でも後北条氏は通告についても明示せず「どこの地でも奪ってよい」と保証している。この点から特に略奪への制約が少ない、といえるだろう。

 一見すると、同時代史料から見てこの考えで問題はなさそうに見える。

 

しかし、この仮説は誤っている。

もう少し掘ってみる

念のため、戦国遺文をざっと見渡してみると、無条件略奪を許可していた後北条氏が、一転して「草1本でも抜くな」と厳命している文書があった。

禁制
一、寺内之儀者不及申、近辺之菜園一本にてもこき取間敷
一、寺之山林枝木にても手指事、并竹子一本にてもぬき取
一、非儀非分有間敷事
以上
右三ヶ条、少も相違有之者、富士常陸可被申断、彼者大方申付ニ付而者、当意御本城へ納所を指越、可被申上候、不申上而、宿取衆狼藉、自脇至于入耳者、住寺可為曲事者也、仍状如件、
卯月廿六日/(朱印「武栄」)南条四郎左衛門尉・幸田与三奉之/海蔵寺

  • 戦国遺文後北条氏編1414「北条氏康禁制写」(相州文書所収足柄下郡海蔵寺文書)1570(永禄13/元亀元)年比定

禁制
一、寺内之儀不及申、近辺之菜園一本ニてもこき取
一、寺山林枝木ニても手指事、并竹子一本ニてもぬき取
一、非義非分有間敷事
以上
右三ヶ条、少も相違有之者、甘利佐渡・久保新左衛門尉可令申断、彼両人大方ニ申付候者、当意御本城江納所を指越、可申上候、為不申上、宿取衆狼藉、自脇至于入耳者、住寺可為曲事者也、仍状如件、
午卯月廿六日/(朱印「武栄」)南条四郎左衛門尉・幸田与三奉之/久翁寺

  • 戦国遺文後北条氏編1415「北条氏康禁制写」(相州文書所収足柄下郡久翁寺文書)1570(永禄13/元亀元)年に比定

これは、当時隠居だった北条氏康が海蔵寺・久翁寺に出したもの。富士・甘利・久保は今川氏の被官で、武田・徳川に分国を奪われた今川家は当時小田原近辺に居候していた。隠居していた氏康が朱印状を出したのは、当主の氏政が虎朱印を持って出陣していたため。

状況を推測すると、いわば友軍として保護していた今川家中が寺院に対して横暴を働き、たまりかねた寺が氏康に頼み込んで禁制を発行してもらったのだろう。

となると、略奪容認だったはずの後北条氏が今度は厳格な対応をしたことになる。上の2件では「菜園の1本」「竹の子」でも一切触るなと命令しているからだ。

今川氏の方でも、これは被官の大原資良が出したものだが、野菜を掘り取ってはならないとしている。

制札 本興寺
一、当寺中戸はめ并門前小家等、不可破取
一、竹木不可伐、又野菜不可堀取
一、沙弥雑人不可剥、次鍬鎌不可取
普請付而竹木以外所用之事有之者、以折紙直住持へ可所望候、無左右猥不可濫妨者也、
永禄十二巳二月廿七日/資良(花押)

  • 戦国遺文今川氏編2289「大原資良禁制」(湖西市鷲津・本興寺文書)

ますます判らなくなり、手持ちの各書を当たってみた。類似の文書が更に出てくれば実態が判るかもしれない。

  • 戦国遺文後北条氏編・今川氏編
  • 小田原市史資料編小田原北条
  • 増訂織田信長文書の研究
  • 愛知県史資料編10
  • 明智光秀(八木書房)

そして「野菜だったら抜いてよい」という文言は1つも見つけられなかった。

つまり、秀吉定書に類似した今川・後北条の文書が1つずつ出てきたものの、実際はかなり特殊で例外的な条項だったということだ。

秀吉定書自体は何通も現存していて疑いようがなく、後北条・今川の2文書も伝来・文言に不自然なところはない。秀吉の定書きでの他の条文の表現すると、郷村向け禁制というよりは、軍令に近いような印象もある。

これは恐らく、情報が足りていないということだ。各種禁制をもっと追わねばならない。

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