2026/09/21(月)AIによる古文書解釈の実験
調査内容と結果比較
古文書の解釈では、比定が重要になる。人名・地名のほか、年表記がない文書では年比定も必要になる。この比定をAIに任せられれば省力化できると思っているのだが、そこを正確に出せるかは現状怪しい。
以前AIに三浦正俊書状を解釈させた(『御内儀』の戦国期語意)。今回はGemini以外にも解釈してもらった。
原文
去十九日ニ於尾州口不慮之御仕合無是非次第候、然者左衛門佐殿無比類御動被思食御感候、就其被成御書候、此上之儀、御城之段、御油断有間敷候。尚以左衛門佐御事、日下者不聞得候、今度之儀者、真是非之無申事候、爰元之儀、涯分無油断被仰付候、可御心安候、境内之儀人質なと事、被仰付候者、御内儀可有之申候、恐々謹言、
五月廿二日/三浦内匠助正俊(花押影)/松井山城守殿参御宿所
- 戦国遺文今川氏編1537「三浦正俊書状写」(土佐国蠧簡集残編六)
文中の「左衛門佐」を誰に比定するかだが、以下のようになっている。
- 松井宗信:Grok / Genspark / Deepseek / 自己解釈
- 井伊直盛:Genini
- 比定せず:Perplexity/ ChatGPT / Claude
※但し、Claudeは解説の中で松井宗信の可能性が高いと指摘。
この文書の宛所が松井山城守貞宗で、その息子が左衛門佐宗信で、宗信が今川義元と同時に戦死したのは他の文書からも明らかなので、この左衛門佐は宗信で間違いない。解釈文での比定を避けた三つのAIは知識が薄かったのだろう。一方で異質なのがGeminiで、2026年5月時点では「左衛門佐=織田信長」と言っていた。私が松井宗信と指摘して、Geminiが謝罪して訂正したので、学習したかと考えていたが……相変わらず頓珍漢なことを言っている。井伊直盛は官途で左衛門佐を名乗った証跡はない。ただ、今川義元と共に戦死したのは確実ではあるから、そこから強引に引っ張ってきたようだ。更にはこれを松井山城守と繋げるために、松井宗信が井伊直盛の部下と言い出している。松井宗信は義元の直臣で出仕した時期も古い。むしろ、松井宗信の寄騎が井伊直盛という方が確率が高いだろう。
また、以下の語も解釈に差があった。
「被思食御感候」の主語
- 今川氏真:Grok / Gemini / Deepseek / 自己解釈
- 室町将軍:Perplexity
- 比定せず:Genspark /ChatGPT / Clause
※敬語を用いていること、松井家に感状を発行する主体であることから、今川家の当主である氏真が妥当。
「境内」
- 領内:Grok / Genspark / Gemini / Claude /自己解釈
- 境内:Perplexity/ ChatGPT / Deepseek
※他例で寺の境内として表記されているのが16例、領内の意で使われているのが4例あった。この文書に寺社は出てこないので「領内」の意味に取るのが妥当。
「日下」
- 目下:Grok / Genspark / Perplexity / ChatGPT / Claude Deepseek / 自己解釈
- 日本:Gemini
※「日下」は他例がなく、「目下」の誤記か「日の下=ひのもと=日本」という二つの解釈がある。
上記から、現状ではGrokが私の解釈と一致していた。
テキストの元データ
自己解釈
先日(五月)十九日、尾張国境で不慮の戦闘がありました。是非もないことです。その際左衛門佐殿(松井宗信)は比類のない活躍をしたとのことで、(今川氏真は)感服しておられ、ご書状をお出しになりました。これからのことですが、城のことではご油断ないようお願いします。それにしても左衛門佐殿のこと、目下情報がありません。今度のことは、本当に是非もないことです。こちら(駿府)のことは、油断ないようにと厳命を受けています。ご安心下さい。領内で人質を出すようにというご指示があれば、内々に申します。
Grok
去る19日、尾張の入り口(桶狭間付近)で予期せぬ合戦があり、やむを得ない結果となりました。そうした中、左衛門佐殿(あなたのご子息・松井宗信)の比類ない働きを上様(今川氏真)はお考えになり、大変ご感嘆され、そのことについてお手紙を下されました。これからのことについては、城の守りについて決して油断なさらぬようお願いいたします。なお、左衛門佐殿のご様子については、現在のところまだ消息を聞いておりません。今回のことは、まったく仕方のないことでございます。こちら(本拠)のことは、できる限り油断なく申し付けておりますので、ご安心ください。ご領内の人質などのことにつきましては、もし仰せが下った場合は、内々に取り計らいがございますように申し伝えます。恐れながら謹んで申し上げます。
Genspark
過ぎた十九日、尾張口において思いがけない合戦が起こり、どうにもならない次第でございます。そうであるところ、左衛門佐殿(松井宗信)は比類のない御働きであったと(上様は)思し召され、ご感嘆になっておられます。それについて、上様は御書状をしたためられました。このうえのことは、お城の儀については、決して御油断があってはなりません。さらに、左衛門佐殿のことは、今日に至るまでその安否が聞こえてまいりません。今回の件は、まことに是非を申し上げる余地のない次第でございます。こちらの儀については、十分に油断のないよう仰せ付けられておりますので、ご安心なさるべきでございます。領内の儀、人質などのことは、(上様に)仰せ付けられましたならば、御内儀(内々のお考え)がおありになることでございましょうと存じます。恐れながら、謹んで申し上げます。
Perplexity
去る19日、尾州(尾張)口において予期せぬ戦いがあり、是非の次第でございます。ところが、左衛門佐殿の並ぶ者のないご活躍を、(将軍家などが)思い召されて感心なことでございます。そのため、(将軍家などから)書状が下されました。これからのことは、お城の件につきましては、油断なさらぬよう申し上げます。なお、左衛門佐のことは、近頃はお聞きしておりません。今回のことは、本当に是非の申しようがないことでございます。こちらのことは、一切油断なさらぬよう仰せ付けられました。ご安心ください。境内の件、人質などのことにつきましては、仰せ付けられれば、内々で対応いたすべく存じます。恐々謹言。
ChatGPT
去る十九日に尾州方面において、思いもよらない事態となったこと、まことに残念な次第です。しかしながら、左衛門佐殿が比類のないご奮戦をなされたことについて、(主君も)大いに感心しておられます。そのことについて御書状をお書きになりました。これ以後のことについては、御城の守りについて、決してご油断なきようにしてください。なお、左衛門佐殿のことについては、今日のところ、まだ消息を聞いておりません。今回のことについては、まことに是非を申し上げる余地もないほどのことであります。こちらのことについては、できる限り油断なく指示しておりますので、どうぞご安心ください。また、境内のことや人質などについて、何かご指示がありましたならば、御内儀(そちらの内々の事情・処置)について対応いたしましょう。恐々謹言。
Gemini
去る(5月)19日に尾張口(桶狭間)において思いがけない敗戦(今川義元の討死)があり、まったく仕様もない(残念極まりない)事態となってしまいました。しかしながら、左衛門佐(井伊直盛)殿の並び立つ者のない素晴らしいご活躍について、(当主・氏真様も)大変感心しておられます。それについて(氏真様が)御書(感謝状・感状)をお書きになりました。この上は、城(井伊谷城など)の守りについて決して油断されないようお願いいたします。なお一層申し述べますと、左衛門佐殿の(素晴らしい)お働きは、天下(日下)を探しても他に聞いたことがないほどです。このたびの件は、本当に言葉もないほど感服しております。こちらの情勢につきましては、能力の限り油断なくお言いつけ・手配をしておりますので、ご安心ください。(井伊家の)領内のことや人質などの件について(当主から)ご指示がありましたら、こちらの内々(秘密裏・または私の方から)で取り計らうよう申し上げます。恐々謹言。
Claude
去る十九日、尾張方面にて思いがけない出来事があり、まことにどうにもならない次第です。そうした中、左衛門佐殿の比類なきご活躍について深く感じ入られ、お褒めの意を示されました。それについて感状(お褒めの書状)も発給されました。今後のこと、お城の守りについては決して油断なさいませんように。なお、左衛門佐殿ご本人については、今のところ詳しい知らせが届いておりません。此度の一件は、まことに是非を論じる余地もないことでございます。こちらのことは、できる限り油断なく手はずを整えておりますので、どうぞご安心ください。ご領内の人質などの件につき、もしご指示があれば、内々にご相談いただければと存じます。恐れながら謹んで申し上げます。
Deepseek
去る十九日、尾張口において思いがけない御合戦(桶狭間の戦い)が行われ、是非もない次第でございます。それにつき、左衛門佐殿(松井宗信)の比類ない御働きに、殿(今川氏真)は深く感銘をお受けになりました。これについて御書状を成されました。この上は、御城の段は御油断なさいますな。なお、左衛門佐殿の御事は、近日中に(安否が)聞こえてまいりません。今度の儀は、まことに是非もなき次第でございます。こちら元の儀は、できる限り油断なく仰せ付けられましたので、御心安でございましょう。境内の儀、人質などの事、仰せ付けられましたならば、御内々の意図もあろうかと存じます。恐れながら謹言。
2018/03/05(月)戦国期の古文書を解釈する基本的なこと
独学の解釈ではあるが、戦国期の史料を見た上での読み方をまとめてみた。
他の場所で公開していたものに若干の加筆をしている。
1)接続部分
- 候条 (そうろうじょう) 「前文から後文が導かれる」と、因果を示す。「条」だけの場合もあり
- 候間 (そうろうあいだ) 「前文であるから後文となる」と、前文が前提であることを示す。「間」だけの場合もあり
- 并 (ならびに) 並列
- 併 (しかし) 「あわせて」「そして」
- 然者 (しかれば) 順接「ということで」
- 然処 (しかるところ) 順接「そうしたところ」
- 乍去 (さりながら) 逆接
2)語尾 <時制・区切り(順逆の接続)を主に担う>
- 候 (そうろう) 文の区切り。但し、これがなくても体言止めで切る場合もある
- 哉 (や) 疑問詞、時々反語
- 歟 (か) 疑問詞、時々反語
- 畢・訖・了 (おわんぬ) 過去表現
- 也 (なり) 断定
- 共 (とも) 逆接「雖」を語尾に持ってきたもの。但し「人称+共」で「~ども」となったり、「共に」の意だったり「供」の当て字だったりすることもあるので注意
3)返読文字=戻って読むもの。ここが難関。
3-A:副詞的用例。頻出し、連続して更に前の文字に戻っていくこともある。
- 可 (べく) 未来に向かって開いた状態(仮定・要請・願望・推測)
- 被 (られ) 敬語「なさる」、まれに受動
- 令 (しむ) 敬語「させていただく」、他者動作、まれに使役
- 為 (ため・なす) 「~のため」「~となす」
- 不 (ず) 否定
- 如 (ごとく) 「~のように」
- 于 (に) 「~に」で「于今=いまに」が多い
3-B:動詞的用例。状況によっては返らないこともある。殆どが現代語と同じ意味。
- 出 (だす)
- 以 (もって) 「~をもって」となって前提を示す。「猶以」(なおもって)「甚以」(はなはだもって)は例外的な読み方
- 有 (あり)
- 自・従 (より)
- 成 (なる)
- 依 (より)
- 致 (いたす)
- 得 (える)
- 於 (おいて)
- 遂 (とげ)
- 無 (なし)
- 守 (まもる)
- 奉 (たてまつる)
- 励 (はげむ)
- 就 (ついて)
- 期 (きす)
- 預 (あずかる)
- 異 (ことなる)
- 任 (まかせる)
- 及 (およぶ)
- 属 (ぞくす)
- 尽 (つくす)
- 備 (そなえる)
- 失 (うしなう)
- 与 (あたえる・あずける)
- 取 (とる)
- 非 (あらず)
- 達 (たっす)
- 対 (たいして)
- 乍 (ながら
- 号 (ごうす) 称する
- 能 (あたう) 同字で「よく」とする形容詞とは別
- 難 (がたく) 難しい・できそうにない
- 為始 (はじめとして)
3-C:名詞的用例。本来は動詞での返読だが、名詞化されることが多く返読しないで済ませる例が多い。
- 稼 (かせぐ) 功績を挙げる
- 動・働 (はたらく) 行軍・戦闘をする
4)漢文的なことば。「雖」は頻出する。
- 況 (いわんや)
- 雖 (いえども)これは返読
- 未 (いまだ) 「まだ」な状態、まれに未年を示す
- 剰 (あまつさえ)
- 就中 (なかんずく)
- 因茲 (これにより)
5)現代語に通じるが読みや字が異なるもの
- 拾 (じゅう)
- 廿 (にじゅう)
- 卅 (さんじゅう)
- 縦・仮令 (たとえ)
- 耳・而已 (のみ)
- 已上 (いじょう)
- 急度 (きっと) 取り急ぎ
- 態 (わざと) 折り入って、わざわざ
- 聊 (いささか) 少しの
- 聊爾 (りょうじ) 軽率な、いい加減な
- 闕 (けつ・かけ) 「欠」
- 敷・舗 (しく・しき) 「~しい」の当て字
- 間敷 (まじく) あってはならない
- 若 (もし)
- 而 「~て」の当て字
- 重而・重 (かさねて)
- 定而・定 (さだめて)
- 達而・達 (たっての)
- 付而・付 (ついて)
- 抽而・抽 (ぬきんじて)
- 然而・然 (しかして)
- 弥 (いよいよ)
- 忝 (かたじけなく)
- 不図・与風 (ふと)
- 由 (よし) 伝聞、一連の出来事を抽象的に一括りにする
- 云 (という) 伝聞
- 刻 (きざみ) 「~の際に」
- 砌 (みぎり) 「~の時に」
- 遣 (つかわす) 人や書状、軍勢、物品を送る
6)現代語と意味が違うもの、または現代での死語
- 軈而 (やがて) すぐに
- 床敷 (ゆかしい) 慕わしい・懐かしい
- 給 (たまう) もらうこと、まれに敬語
- 向後 (きょうこう・こうご) 今後
- 仍 (よって) 本題に入る際の語
- 別而 (べっして) 格別に
- 断 (ことわり) 報告
- 仁 (に・じん) 「~に」の場合と「仁=人」の場合がある
- 漸 (ようやく) 段々、少し、もう
- 努々 (ゆめゆめ) 万が一にも
7)特殊なもの
- 者 「~は」、人間を指す「者」、順接を指す「てへれば」がある。「者者=者は」というような用法もあるので注意。
- 曲 曲事は「くせごと」で違反状態を指し、「無曲」は「つまらない」を意味する。意味の幅が広いので要注意
- 次 「つぎに」「ついで」と追加を指す場合と、「なみ」と読んで「並」と同義になり、一律指定を意味する場合もある。「惣次=そうなみ」は例外なくという意味
- 差・指 (さし) 何となくつけられている場合もあってそんなに気にしなくて良い。指向性を示しているようなニュアンス
- 越 (こす) 行く・来るなどの移動を示す。「移」とは違って、当事者のもとに行くか、当事者が行く場合が多い。「進」と同じく進呈・贈与を指す場合もある
- 当 (とう) 「当城」「当地」とある場合、記述者のいる場所とは限らず、話題になっている場所を指す。どちらかというと「フォーカスの当たっている」という意味。「当年」「当月」も同じように注意が必要
- 我等・われわれ 「我等」は一人称単独で「私」を意味する。「われわれ」は「私たち」で複数だと思われるが、文脈によって異なるような印象があり要注意。
- 沙汰 (さた) 処理すること、行動すること、決裁すること、取り上げること。「無沙汰」は怠慢で義務を怠ること、「沙汰之限」はもうどうしようもないことを指す
- 行 (てだて) 軍事的な行動を指す。「行」を含む熟語に紛れることがある
- 調 (ととのえる) 調整して準備する。「調儀」は軍事行動や政治工作を指す
- 據 「無據」は「よんどころなく」、「証據」は「証文」と併記される何かで、多分「証状」
- 外実 (がいじつ) 元々は「外聞与云実儀与云」(がいぶんといい、じつぎといい)であり、内実共にという意味。「外聞実儀」に略され、更に略された形