2020/11/12(木)後北条家の虎朱印状で、朱印の下に花押を捺す用例

虎朱印状のうち、以下の条件を満たすものを抽出。

  • 日付の上に虎朱印が捺されているもの
  • 虎朱印状の下に被官の名前と花押が記されているもの

※項番6は虎朱印が日付の下に捺されたとされるが、写しである点、文言が要検討である点から、項番5と同じ位置に虎朱印が捺されたと考え、暫定的に表内に入れている。

●一覧

項番 朱印下の名前 肩書 表記上の名 宛所 用途 種別 年月日 出典
1 遠山直景 奏者 遠山(花押) 相州・豆州 過所 郷村 1523(大永3)年3月12日 小田原市史資料編小田原北条50「伊勢家過所」(熊谷市・長慶寺所蔵)
2 石巻家貞 評定衆 石巻下野守判 矢野右馬助殿 訴訟 武家 1555(天文24)年1月21日 小田原市史資料編小田原北条0324「北条家裁許朱印状写」(紀伊国古文書)
3 笠原綱信・清水康英 評定衆 笠原美作守・清水太郎左衛門尉 伊豆大夫 免許 職人 1555(天文24)年3月21日 小田原市史資料編小田原北条331「北条家裁許朱印状」(練馬区・清水宏之所蔵)
4 狩野泰光 評定衆 狩野大膳亮 天十郎 免許 職人 1555(天文24)年3月21日 小田原市史資料編小田原北条332「北条家裁許朱印状」(相州文書・足柄下郡天十郎所蔵)
5 遠山綱景 丹波守綱方(花押) 森彦七郎殿 相続 寺社 1559(永禄2)年1月26日 小田原市史資料編小田原北条413「北条家虎朱印状写」(世田谷区・慶元寺蔵玉川文庫文書)要検討
6 遠山綱景 遠山丹波守綱方(花押) 江戸与三郎殿 宛行 武家 1559(永禄2)年2月17日 小田原市史小田原北条415「北条家虎朱印状写」(世田谷区・慶元寺所蔵玉川文庫文書)要検討
7 狩野泰光 評定衆 大膳亮泰光判 玉瀧坊 訴訟 寺社 1559(永禄2)年7月21日 小田原市史資料編小田原北条418「北条家裁許朱印状写」(古証文之写)
8 狩野泰光 評定衆 大膳亮泰光(花押) 藤沢客寮中 訴訟 寺社 1560(永禄3)年4月25日 小田原市史資料編小田原北条433「北条家裁許朱印状」(藤沢市・森万佐子所蔵)
9 狩野泰光 評定衆 大膳亮泰光(花押) 酒匂代官小島左衛門太郎 訴訟 代官 1560(永禄3)年5月15日 戦国遺文後北条氏編630「北条家裁許朱印状写」(相州文書所収足柄下郡徳右衛門所蔵文書)
10 狩野泰光 評定衆 大膳亮泰光(花押) 豆州八幡野百姓 訴訟 郷村 1564(永禄7)年12月28日 小田原市史資料編小田原北条610「北条家裁許朱印状写」(肥田氏由緒書)
11 狩野泰光 評定衆 飛騨守泰光(花押) 天十郎 訴訟 職人 1566(永禄9)年7月10日 小田原市史資料編小田原北条647「北条家裁許朱印状写」(足柄下郡天十郎所蔵)
12 山中康豊 修理亮康豊在判 西来寺 訴訟 寺社 1566(永禄9)年8月28日 小田原市史資料編小田原北条656「北条家裁許朱印状ヵ写」(相州文書・三浦郡西光寺所蔵)
13 狩野泰光 評定衆 飛騨守泰光(花押) 成福寺 免許 寺社 1566(永禄9)年10月20日 小田原市史資料編小田原北条667「北条家裁許朱印状」(戸田村・宝徳寺所蔵)
14 評定衆 宛行 武家 1567(永禄10)年4月20日 小田原市史資料編小田原北条680「北条家裁許朱印状」(原文書)
15 狩野泰光 評定衆 飛騨守泰光(花押) 小窪六右衛門尉殿 宛行 武家 1568(永禄11)年2月10日 神奈川県史資料編3下7584「北条家裁許朱印状写」(武州文書所収高麗郡新五郎所蔵文書)
16 石巻家貞 評定衆 下野守家種(花押) 石切左衛門五郎 相続 職人 1568(永禄11)年6月28日 小田原市史資料編小田原北条722「北条家裁許朱印状」(清水市・片平信弘所蔵青木文書)
17 石巻康敬 石巻彦六郎(花押) 矢部殿 指示 武家 1569(永禄12)年5月16日比定 小田原市史資料編小田原北条834「北条家虎朱印状」(矢部文書)
18 石巻康保 評定衆 勘解由左衛門尉康保(花押) 愛染院 宛行 寺社 1569(永禄12)年6月10日 戦国遺文後北条氏編1259「北条家裁許朱印状」(小出文書)
19 石巻康保 評定衆 勘解由左衛門尉康保(花押) 西郡鋳物師 訴訟 職人 1570(永禄13/元亀元)年3月28日 小田原市史資料編小田原北条952「北条家裁許朱印状写」(公用永代書留諜)
20 山角康定 評定衆 四郎左衛門尉(花押) 大納言尊良 相続 寺社 1572(元亀3)年3月21日 小田原市史資料編小田原北条1100「北条家裁許朱印状写」(相州文書・鎌倉郡我覚院所蔵)
21 石巻康保 評定衆 勘解由左衛門尉康保(花押) 宮城四郎兵衛尉殿 訴訟 武家 1572(元亀3)年6月21日 戦国遺文後北条氏編1598「北条家裁許朱印状」(内閣文庫所蔵豊島宮城文書)
22 石巻康保 評定衆 勘解由左衛門尉康保(花押) 三保谷鈴木 訴訟 百姓 1572(元亀3)年10月16日 小田原市史資料編小田原北条1118「北条家裁許朱印状」(鴻巣市・鈴木和男所蔵)
23 石巻康保 評定衆 勘解由左衛門尉康保(花押) すな原百姓中 訴訟 百姓 1573(元亀4/天正元)年12月10日 戦国遺文後北条氏編1677「北条家裁許朱印状写」(武州文書所収足立郡三太夫所蔵文書)
24 石巻康保 評定衆 勘解由左衛門尉康保(花押) 大宮社人中 訴訟 寺社 1574(天正2)年6月22日 小田原市史資料編小田原北条1154「北条家裁許朱印状」(大宮市・氷川神社所蔵)
25 山角康定 評定衆 四郎左衛門尉康定(花押) 閼伽井坊 訴訟 寺社 1574(天正2)年9月10日 小田原市史資料編小田原北条1164「北条家裁許朱印状」(桶川市・明星院所蔵)
26 山角康定 評定衆 四郎左衛門尉康定(花押) 保正寺 訴訟 寺社 1574(天正2)年9月10日 戦国遺文後北条氏編1728「北条家裁許朱印状写」(武州文書所収足立郡法性寺文書)
27 石巻康保 評定衆 下野守康保(花押) 金剛頂寺 訴訟 寺社 1575(天正3)年12月10日 小田原市史資料編小田原北条1211「北条家裁許朱印状」(平塚市・金剛頂寺所蔵)
28 山角康定 評定衆 上野守康定(花押) 大井郡番匠勘解由 訴訟 職人 1576(天正4)年4月28日 小田原市史資料編小田原北条1216「北条家裁許朱印状」(小田原市・和田慎平所蔵)
29 山角康定 評定衆 上野守康定 中村八郎左衛門殿 訴訟 武家 1576(天正4)年4月28日 小田原市史資料編小田原北条1217「北条家裁許朱印状写」(駿河志料八十一)
30 依田康信 評定衆 下総守康信(花押) 内田孫四郎殿 訴訟 武家 1577(天正5)年2月11日 戦国遺文後北条氏編1892「北条家裁許朱印状写」(屋代典憲氏所蔵古文書之写)
31 依田康信 評定衆 下総守康信(花押) 泉郷 訴訟 郷村 1577(天正5)年3月10日 戦国遺文後北条氏編1893「北条家裁許状写」(判物証文写北条)
32 石巻康保 評定衆 下野守康保(花押) 苅野庄百姓杉田源左衛門尉とのへ 訴訟 百姓 1577(天正5)年3月20日 戦国遺文後北条氏編1897「北条家裁許朱印状」(杉田彬氏所蔵文書)
33 山角康定 評定衆 上野介康定(花押) 小幡太郎左衛門尉殿 訴訟 武家 1577(天正5)年4月10日 小田原市史資料編小田原北条1244「北条家裁許朱印状写」(諸氏家蔵文書)
34 石巻康保 評定衆 下野守康保(花押) 西浦百姓大川兵庫助(上書:西浦百姓 大川兵庫助 評定衆) 訴訟 百姓 1577(天正5)年4月10日 戦国遺文後北条氏編1900「北条家裁許朱印状」(国立史料館所蔵文書)
35 依田康信 評定衆 下総守康信(花押) 清水上野入道殿 訴訟 武家 1578(天正6)年12月10日 小田原市史資料編小田原北条1299「北条家裁許朱印状」(練馬区・清水宏之所蔵)
36 依田康信 評定衆 下総守康信(花押) 泉郷百姓窪田十左衛門 訴訟 百姓 1578(天正6)年12月20日 小田原市史資料編小田原北条1302「北条家裁許朱印状写」(判物証文写今川一)
37 山角康定 評定衆 上野介康定(花押) 岩付衆中村右馬助殿 訴訟 武家 1579(天正7)年6月10日 戦国遺文後北条氏編2081「北条家裁許朱印状写」(武州文書所収埼玉郡吉兵衛所蔵文書)
38 石巻康保 評定衆 下野守康保(花押) 南条織部同心関主水助殿 訴訟 武家 1579(天正7)年6月20日 戦国遺文後北条氏編2084「北条家裁許朱印状」(高杉光穂氏所蔵文書)
39 石巻康保 評定衆 下野守康保(花押) 鳩ヶ谷百姓舟戸大学助 訴訟 百姓 1579(天正7)年6月20日 戦国遺文後北条氏編2085「北条家裁許朱印状」(牛込武雄氏所蔵文書)
40 垪和康忠 評定衆 伯耆守康忠(花押) 大平百姓宮内隼人(上書:大平百姓、宮内隼人 評定衆) 訴訟 百姓 1581(天正9)年10月25日 小田原市史資料編小田原北条1400「北条家裁許朱印状」(修善寺町・宮内英太郎所蔵)
41 山角康定 評定衆 上野介康定(花押) 柳川百姓武井善左衛門 訴訟 百姓 1583(天正11)年12月20日 小田原市史資料編小田原北条1559「北条家裁許朱印状」(秦野市・武井孝雄所蔵)
42 山角康定 評定衆 上野介康定(花押) 狩野牧百姓三須孫次郎 訴訟 百姓 1583(天正11)年12月20日 小田原市史資料編小田原北条1560「北条家裁許朱印状」(修善寺大川文書)
43 依田康信 評定衆 下総守康信(花押) 大乗院 訴訟 寺社 1584(天正12)年2月10日 小田原市史資料編小田原北条1570「北条家虎朱印状写」(相州文書・大住郡東光寺所蔵)
44 依田康信 評定衆 下総守康信(花押) 前川百姓五郎左衛門 訴訟 百姓 1584(天正12)年3月2日 戦国遺文後北条氏編2637「北条家裁許朱印状」(所蔵未詳)
45 依田康信 評定衆 下総守康信(花押) 沼上出羽守殿 訴訟 武家 1584(天正12)年3月2日 戦国遺文後北条氏編4749「北条家裁許朱印状写」(模写古文書四)
46 依田康信 評定衆 下総守康信(花押) 伊勢阿闍梨 訴訟 寺社 1584(天正12)年11月10日 小田原市史資料編小田原北条1631「北条家裁許朱印状」(南足柄市・田代克己所蔵)
47 山角康定 評定衆 上野介康定(花押) 西浦之百姓、大川兵庫助 訴訟 百姓 1586(天正14)年10月20日 小田原市史資料編小田原北条1774「北条家裁許朱印状」(国文学研究資料館所蔵大川文書)
48 山角康定 評定衆 上野介康定(花押) 鈴木但馬守殿 訴訟 武家 1586(天正14)年12月25日 小田原市史資料編小田原北条1788「北条家裁許朱印状」(鈴木文書)
49 依田康信 評定衆 下総守康信(花押) 後閑殿代、安蛇井志摩守殿 訴訟 武家 1587(天正15)年4月20日 小田原市史資料編小田原北条1812「北条家裁許朱印状」(京都大学文学部博物館所蔵後閑文書)
50 山角康定 評定衆 上野介康定 伝肇寺 訴訟 寺社 1587(天正15)年4月28日 小田原市史資料編小田原北条1814「北条家裁許朱印状」(小田原市・伝肇寺所蔵)
51 山角康定 評定衆 上野介康定判 山川備中守殿・上原出羽守殿 訴訟 武家 1587(天正15)年5月18日 小田原市史資料編小田原北条1820「北条家裁許朱印状写」(上杉系図)
52 山角康定 評定衆 上野介康定(花押) ■■■豊後 訴訟 武家 1588(天正16)年6月日 小田原市史資料編小田原北条1905「北条家裁許朱印状」(厚木市・木村憲一所蔵)
53 依田康信 評定衆 下総守康信書判 田島豊後守とのへ 訴訟 武家 1588(天正16)年7月20日 埼玉県史料叢書12_0861「北条家裁許朱印状写」(会田家譜)
54 評定衆 (異筆:中山)法華経寺 訴訟 寺社 1589(天正17)年2月14日 小田原市史資料編小田原北条1935「北条家裁許朱印状」(市川市・法華経寺所蔵)
55 山角康定 評定衆 上野介康定(花押) 正覚院 訴訟 寺社 1589(天正17)年6月28日 小田原市史資料編小田原北条1947「北条家裁許朱印状」(修禅寺所蔵)
56 山角康定 評定衆 上野介康定(花押) 修禅寺 訴訟 寺社 1589(天正17)年6月28日 小田原市史資料編小田原北条1948「北条家裁許朱印状」(修禅寺所蔵)
57 松■・雲■ 松■(花押)・雲■(花押) 賀藤讃岐とのへ 指示 武家 年月日欠 戦国遺文後北条氏編4986「北条家虎朱印状」(清水文書)

2020/10/24(土)官途名からの逆引き人名辞典

『戦国遺文後北条氏編』と『戦国遺文今川氏編』の人名索引から、官途名・受領名を名乗った人名を列挙。

「弾正左衛門」や「越州守」といった東百官に関しては、正規の官途が先頭に来ているものは列挙している。

戦国遺文後北条氏編

官途名

  • 右衛門
    • 石巻
  • 右衛門尉
    • 斎藤、大平、朝比奈綱尭、渡辺、島津忠貞、板部岡康雄、堀内
  • 右衛門佐
    • 伊勢、一色氏久、酒井、太田、北条氏光、本間、茂呂
  • 右衛門大夫
    • 遠山直景・政景、松田康長
  • 右京
    • 小暮戸
  • 右京進
    • 朝倉政元
  • 右京大夫
    • 吉良頼高
  • 右京亮
    • 原島、黒沢、寺田、小林、植松、清水吉広・吉政、南、南条、野田
  • 右近
    • 安藤、大村、秩父、二宮、北条
  • 右近助
    • 市河
  • 右近将監
    • 後藤
  • 右近丞
    • 興津、手島、垂水、杉田、長田
  • 右近大夫
    • 小笠原
  • 雅楽助
    • 井上、横山、山口、四方田、諸田、新木、大芦、大串、町田、萩原、保津見、鈴木、生駒、青山、青木信重
  • 采女
    • 吉田、諸田、大村
  • 采女正
  • 采女佑
    • 師岡
  • 右兵衛尉
    • 千野
  • 右馬尉
    • 恒岡
  • 右馬允
    • 伊東、関、斎藤行定、三谷、簗田
  • 右馬介
    • 猪俣
  • 右馬助
    • 逸見、関根、栗原、桑原、後藤、幸田、高萩、黒沢、山口、青木安重、大須賀、大津、中村、朝倉、湯浅、二見、富永、野田、矢野、柳下、林、鈴木、和知、簗田
  • 右馬丞
    • 鈴木
  • 右馬頭
    • 毛利輝元
  • 右馬亮
    • 発智
  • 大炊助
    • 金差、原親幹、高井、高麗、山中頼元、若林、勝田、小高、大島、中居、中山、猪、田村、洞毛、淵名、木住野、矢部
  • 大炊頭
    • 真里谷義信
  • 大蔵
    • 北爪
  • 大蔵少輔
    • 金子
  • 大蔵丞
    • 原邦長、幸田定治、山井、森、中島、木住野、垪和、簗
  • 織部
    • 関根、新木、南条、畑、北爪
  • 織部助
    • 井上、松井
  • 織部丞
    • 佐藤、菅谷、長井、椎名、二宮、目黒
  • 織部正
    • 二宮
  • 勘解由
    • 押田、高麗、黒田孝高、小室、新井、立石、鈴木
  • 勘解由左衛門
    • 加治吉範、橋本、石巻、大野(石巻)、中山
  • 勘解由左衛門尉
    • 原、上原、須藤
  • 主計
    • 石塚、大橋
  • 主計助
    • 苅部、岩本、持田、須藤、石原、中村、北爪
  • 掃部
    • 岩井
  • 掃部助
    • 横須賀成高、会田、宮寺、金子、小田、上田、石河、和田昭為
  • 掃部丞
    • 登坂
  • 刑部
    • 河村
  • 刑部左衛門
    • 山下、小林
  • 刑部左衛門尉
    • 細谷資満、三谷、山角定勝、白川
  • 刑部助
    • 佐々木
  • 刑部少輔
    • 鵜沢、久々宇、原胤之、後閑、江戸頼忠、布施景尊、北条綱房
  • 刑部丞
    • 斎藤、椎名、野口照房、垪和
  • 刑部大輔
    • 大村、井田、狩野、蕪木
  • 宮内
    • 吉田、荒田、神保
  • 宮内右衛門尉
    • 天野、栗原
  • 宮内助
    • 木部
  • 宮内少輔
    • 下条、牛込、後閑、山室、勝、埴谷、藁科
  • 宮内丞
    • 中村
  • 宮内大輔
    • 祢津昌綱
  • 内蔵佐
    • 保津見
  • 内蔵助
    • 稲村、橋本、斎藤、小倉勝久、清田、石田、増戸、土屋
  • 蔵人
    • 押田、周防、小笠原、富岡
  • 蔵人佐
    • 逸見、三谷胤重、上田長則、大道寺、渡辺
  • 蔵人守
    • 吉田
  • 蔵人丞
    • 金子
  • 蔵人佑
    • 伊達、佐藤
  • 外記
    • 円城寺、河田、橋本、舟田、小柳津、曽祢、鏑木、田口
  • 外記助
    • 関口
  • 外記亮
    • 川村
  • 玄蕃
    • 大屋、田中
  • 玄蕃尉
    • 岡田
  • 玄蕃允
    • 月岡広秀、多留、林田胤敏
  • 玄蕃助
    • 吉原、久米、南条
  • 玄蕃頭
    • 岩田、真木島昭光
  • 監物
    • 宇野、御宿友綱、川面、大和、中山、渡辺、尾崎
  • 監物允
    • 小鷲直吉
  • 監物丞
    • 横地吉信
  • 左衛門
    • 太田景資、島津、平内
  • 左衛門尉
    • 遠山康英・康光、柿崎、近藤、原、高田、狩野、酒井忠次・政辰、成田泰喬、長尾輝景・憲景、天野、渡辺、由木景盛、和田昌繁
  • 左衛門五郎
    • 菅谷
  • 左衛門佐
    • 佐野氏忠、小笠原、大館晴光、豊前、北条氏尭・氏忠
  • 左衛門丞
    • 毛呂
  • 左衛門太郎
    • 坂戸胤直、山本正直
  • 左衛門大夫
    • 北条綱成・氏繁・氏舜・氏勝、野田、垪和
  • 左京助
    • 柿沢
  • 左京進
    • 岡部親綱、小山、相良
  • 左京大夫
    • 白川、北条氏綱・氏康・氏政・氏直
  • 左京亮
    • 永島、横田、金子、栗田、後藤、三浦元政、持田、若海、周防、小河、神田、浅海、太田、豊前、堀内、野村、和田
  • 左近
    • 荒川、高橋、佐久間、桜井、石上、秩父、長江、渡辺、奈良
  • 左近尉
    • 次名信明
  • 左近助
    • 興津
  • 左近将監
    • 芦川景盛、小熊、庄、正木時長、滝川一益、猪又、内藤直行、富田知信
  • 左近丞
    • 大石
  • 左近大夫
    • 安中、横地勝吉、庄、上田朝直、正木時忠、相馬治胤、大草康盛、島津
  • 左兵衛
    • 垪和
  • 左兵衛尉
    • 土岐
  • 左兵衛佐
    • 吉良氏朝・頼康
  • 左馬允
    • 行方、小沢、石巻、朝比奈泰忠、椎名
  • 左馬介
    • 土屋
  • 左馬助
    • 桑原、原田宗時、斎藤、手島、松田憲秀・直秀、諏訪、大石、比企、武田信豊、北条氏時・氏規、木村
  • 左馬亮
    • 逸見
  • 式部
    • 間々田、金子、高井、山造、酒井、出浦、小保方、上野、星野
  • 式部尉
    • 馬場
  • 式部少輔
    • 榊原康政、庄、設楽、大藤政信、中村一氏
  • 式部丞
    • 向原政秀、大須賀、大藤政信、立川
  • 式部大輔
    • 真里谷信応、原胤栄、渋江
  • 治部
    • 篠窪
  • 治部左衛門
    • 久々宇、近藤、古尾谷、持田、林
  • 治部左衛門尉
    • 栗田
  • 治部少輔
    • 佐藤、三田綱定、小保方、石田三成、倉賀野、大久保忠隣、大畠長晴、北条氏秀
  • 治部丞
    • 山角直繁、野村
  • 治部大輔
    • 岡見治広、吉良治家、山角直繁
  • 主膳
    • 石原
  • 主膳亮
    • 山下、村上、萩野
  • 主馬
    • 安藤
  • 主馬允
    • 吉原
  • 修理
    • 斎藤
  • 修理進
    • 上高尾、鈴木
  • 修理大夫
    • 蘆名盛氏
  • 修理亮
    • 伊波、羽尾、遠山政秀、奥、関、岩崎、金子、行方、山中康豊、柴田勝家、星屋、赤尾広宗、前島、中田、東、堀内、野中、矢内
  • 将監
    • 井草、岡谷、関根、境田、戸張、山下、志村、小山田、上原、千野、増田、多比良、長江、内村、二見、梅沢、浜野、服部、北爪、綿貫、野本、矢部、矢部、友光
  • 将監丞
    • 池上
  • 城介
    • 織田信忠
  • 甚内
    • 朝比奈泰寄
  • 図書
    • 薗田、山田、小曽戸、小沢、神保、比木、落合
  • 図書助
    • 蔭山、関口、関根、橋本、佐藤、小倉、中島、椎名、島村、道祖土、南、武、鈴木
  • 大学
    • 河野、斎藤、真里谷、川目
  • 大学助
    • 伊波、賀藤、岸、栗原、栗田信豊、寺島、狩野、舟戸(船戸)、鈴木
  • 大膳
    • 牛込、酒井、南雲、尾崎、北爪
  • 大膳正
    • 山口
  • 大膳大夫
    • 国分
  • 大膳亮
    • 依田康信、円城寺頼長、吉橋、久米、狩野、正木憲時、大島、中村、反町、矢部
  • 大納言
    • 中山
  • 内匠
    • 塩野、橋本、木村
  • 内匠助
    • 井出、遠藤、吉橋、吉川兼岡、原、小野、石井兼実、大谷、由木
  • 帯刀
    • 井田、磯崎、閑野、境、窪田、根岸、斎藤賢吉、三沢、山田、田口
  • 帯刀左衛門
    • 小板橋
  • 帯刀左衛門尉
    • 椎名、蜷川、三上
  • 帯刀助
    • 関口、大道寺
  • 丹後守
    • 安中、賀藤、小野、大草康盛、大竹、長門、北条、鈴木
  • 弾正
    • 引間、円城寺、荻原、皆川、行方、倉林、田原、茂呂
  • 弾正右
    • 仁木
  • 弾正左衛門
    • 椎名、難波田善銀
  • 弾正左衛門尉
    • 布施康朝
  • 弾正少弼
    • 大内、長尾景虎、蘆野盛泰
  • 弾正忠
    • 伊奈盛泰、越知影好、恒岡、小田切、小敷屋、織田信秀、真田、増田
  • 主税助
    • 井原、下、荒木、三谷、富岡
  • 舎人
    • 清水
  • 主殿助
    • 天野
  • 内記
    • 吉田、原科、白石
  • 内記助
    • 野崎
  • 内膳
    • 河尻、原田、山崎、島田
  • 内膳助
    • 大野行通
  • 内膳正
    • 長尾、板倉
  • 内膳亮
    • 河村、佐野、渡辺、野口
  • 中務
    • 岩井
  • 中務尉
    • 飯田泰長
  • 中務少輔
    • 上野家成、谷田部、脇坂安治
  • 中務丞
    • 浦野、金子、佐瀬
  • 中務大輔
    • 安保、一色、岡見宗治、佐竹、宍戸、土肥、富(戸見)、本多忠勝、簗田高助・晴助・持助
  • 縫殿助
    • 毛利、伊東、吉野、高橋、小曽戸、小沢、小幡、新井、仙波、川野、川連、大野、内田、落合
  • 隼人
    • 河田、関山、岩本、宮内、山取、山本、升田、水野、田山、豊泉、野崎、鈴木
  • 隼人佐
    • 遠山直景、岡谷、近藤、進藤
  • 隼人正
    • 津田
  • 隼人佑
    • 二見
  • 囚獄
    • 長野、津久井、野村
  • 囚獄助
  • 兵衛尉
    • 小幡信定、朝比奈泰寄、椎名
  • 兵衛大夫
    • 大森、和田信業
  • 兵庫
    • 円城寺、金上盛備、勝、石川、大野、梅沢
  • 兵庫助
    • 一櫟、宇津木、岡安、関根、吉田、久々宇、原、高井、高田、師岡、宍戸、柴崎、小野、青木、太田正勝、大川、長谷部、渡辺
  • 兵庫丞
    • 師岡
  • 兵庫大夫
    • 布施
  • 兵庫頭
    • 伊勢、小笠原氏長
  • 兵部
    • 橋爪、高岸、高城、根岸、室賀
  • 兵部右衛門
    • 矢野
  • 兵部少輔
    • 金子、原、小笠原元続・康広
  • 兵部丞
    • 安藤、横瀬勝繁、関、小野寺長綱、松本、青岡、川村、内田、武井、和田
  • 兵部太郎尉
    • 佐藤
  • 兵部大夫
    • 武田豊信
  • 兵部大輔
    • 愛洲、国分、細川藤孝、正木
  • 美濃介
    • 和知
  • 民部
    • 右谷、佐久間、星野
  • 民部右衛門尉
    • 大戸
  • 民部少輔
    • 後藤、江戸、坂口、三谷、小林国家
  • 民部丞
    • 出浦、小菅、中村、南条、二見、板橋、木村
  • 民部大夫
    • 宮岡盛久、相馬胤永
  • 民部大輔
    • 村上、大内
  • 木工
    • 多田
  • 木工左衛門尉
    • 樋口
  • 木工助
    • 若林、森、中山、重田
  • 主水
    • 宇野、鵜山、吉田、長田、天野
  • 主水佐
    • 佐藤、芝山、発智
  • 主水助
    • 巻島、関、諏訪部
  • 主水正
    • 島津、内藤
  • 主水佑
  • 靭負尉
    • 小河

受領名

  • 安芸守
    • 村野、多賀谷政広、池田、北条、矢野
  • 安房守
    • 北条氏邦
  • 淡路守
    • 雨宮、正木、清水、前原、倉賀野家吉、大屋、大和
  • 伊賀守
    • 安西、伊東、栗原、山中、山田、星野、石巻、村山、大河、徳江、矢野、立川、林、鈴木、和田
  • 壱岐守
    • 根本
  • 伊豆守
    • 関口、小山
  • 和泉守
    • 伊波、岡部、柿崎、岩本、吉橋、吉田真重・政重、佐相、桜井、青山、太田、鳥海、土屋、梅沢、八木、飯塚、豊泉、豊田、牧
  • 出雲守
    • 宇田川、永島、越知、小河、設楽利継、池田、鮒田、林
  • 伊勢守
    • 大貫、朝見、椎名、矢井
  • 因幡守
    • 井田、遠山、久々宇、県、高柳、小野、松木、大島、猪熊長重、朝倉、長島、南条昌治、茂呂、木部
  • 伊予守
    • 滝川、田口、渡辺長広、垪和氏続
  • 石見守
    • 宇田川、河目、関根、県、根本、松本景繁、長田、田代、渡辺
  • 越後守
    • 加納(神尾)、恒岡、狩野、上野、中台、中沢、長尾、木下、木村
  • 越州守
    • 荻原
  • 越前守
    • 安中、岡本政秀、河目、笠原、近藤、金子、原、御宿綱秀、高麗、志村昌瑞、西原、太田、大森、大和勝親、半田政勝、本郷、落合
  • 越中守
    • 岡部、巨海、金子、大須賀、萩野、幡谷、板部岡
  • 近江守
    • 五十嵐、高麗、佐々木、山中、小島、須藤、大石秀信、大塚、島根、島村、八条
  • 大隅守
    • 関谷、篠田、匝瑳
  • 隠岐守
    • 狩野、菅谷
  • 尾張守
    • 小幡憲重、松田盛秀・憲秀、大須賀、飯塚
  • 甲斐守
    • 遠山政景、鷲宮
  • 加賀守
    • 岡谷、興津、金子、須田、大草、竹間、中田、白井、鈴木
  • 上総介
    • 月岡、山口、小幡信真、壬生義雄、北条綱成
  • 河内守
    • 岩田、上田、新木、村岡、大井、良知
  • 紀伊守
    • 金子、高瀬、山角定勝、船沢、大和田、奈良原、木村正直
  • 上野介
    • 山角康定、周防、上田憲定、清水、赤堀、朝倉、黒沢繁信
  • 相模守
    • 渋川、北条氏康・氏政
  • 薩摩守
    • 矢沢
  • 佐渡守
    • 安威、甘利、芹沢、金井、原重信、勝田、松浦康成、植松、椎名、土屋、島根、内田、布施康能、天野
  • 讃岐守
    • 芹沢、斎藤、中原
  • 信濃守
    • 山本家次・正次、小宮、多賀谷、大須賀、大石、長尾為景、木村、由良成繁・国繁、垪和
  • 志摩守
    • 安蛇井、井田、原、山崎堅家
  • 下総守
    • 依田康信、宇津木、羽柴雄利、山口、春日、小板橋、成田氏長、大沢、反町、富永、木暮、簗田
  • 下野守
    • 押田、岡本重政、高城胤辰・胤吉・胤忠、水野信元、清水、石巻、川尻、浅見、太田、木呂子
  • 周防守
    • 雲沢、江戸重久、上田、杉山、曽祢長重、豊田、茂呂
  • 駿河守
    • 加藤、閑馬、金子、松島、大道寺周勝・資親・政繁、那波顕宗
  • 摂津守
    • 興津、江戸朝忠、斎藤定盛、春日、小曽戸、松岡、椎名、土屋
  • 但馬守
    • 安西、井上、賀藤、久保、金井、高見沢、柴崎、杉崎、大草、沢村、武井、中村、鈴木
  • 丹波守
    • 遠山綱景、岡見、岡部、海保、岩瀬、高橋、高麗、車、小曽戸、新田、瀬戸、谷沢貞儀、竹長、猪俣、福島、堀内、木呂子
  • 筑後守
    • 興津、戸張、上野貞国、森、中、勅使河原、堤
  • 筑前守
    • 鵜沢、小河、小山、上野貞国、大石、竹本、渡辺、武藤、林
  • 対馬守
    • 河村定真、河田、岩崎、高岸、山角、山田、出浦、青木、大村、内田、馬見塚、富岡、武
  • 出羽守
    • 近藤綱秀、篠窪、若林、沼上、上原、神屋、中条、福島、北爪長秀、門沢
  • 遠江守
    • 井田、高山、篠窪、小野寺景綱、森、諏訪部、朝倉、波田野、野口、野中、矢部
  • 土佐守
    • 井原、原重政、三浦、四方田、市川、川連、中村、町田、椎名、道祖土、毛呂顕季
  • 長門守
    • 蔭山、額賀、喜多条、吉原、恒岡資宗、小池、小野、神保、大藤直昌、武藤
  • 能登守
    • 桑原、上田朝直・長則、清水、猪俣邦憲、朝倉景隆、板部岡康雄、富永助盛
  • 播磨守
    • 勝田、小笠原康広、小幡昌高、大橋、朝倉、二宮
  • 肥後守
    • 所、小田野、松田康郷、太田、福島
  • 肥前守
    • 安藤、桜井、三津、志村景元、小池、松田、成田、仙波、池谷、長谷部
  • 備前守
    • 梶原、苅部、栗原、小村江、小甫方、長谷部、土屋、門沢、林
  • 飛騨守
    • 高山、狩野、大曽根、南条、尾崎
  • 常陸介
    • 岩堀、大胡(毛利)高繁、木村、赤見、中野、尾崎、北条氏繁
  • 備中守
    • 安藤、伊勢、荻原、山川、小泉、太田、町野
  • 日向守
    • 黒沢、堀内
  • 備後守
    • 斎藤、千野、大畠、野本
  • 豊前守
    • 安藤、下沼田、河田、間宮康俊、窪田、原、斎藤、小沢、瀬下、太井、反町
  • 豊後守
    • 鮎川、岩本、吉岡、座間、小滝、松井、森、糟谷、猪久繁、田山、田島、都築、藤間、浜名時成、野原、葉山
  • 伯耆守
    • 河田、御厨、酒井康治、石川、垪和康忠
  • 三河守
    • 伊丹政富、遠山、梶原朝景、高村、細谷資満、小幡信尚、森、神庭、布施康貞、豊島貞継、野村、落合、簗
  • 美濃守
    • 郷沢、金子、太田資正、反町、北条氏規
  • 美作守
    • 静野、笠原、宮城為業、山口、手島、松川、石川、太田、南条、富岡、富田氏実、布施景尊
  • 陸奥守
    • 北条氏照
  • 山城守
    • 遠藤、海上胤保、皆川広照、岸野、戸張、向原、高麗、斎藤、師岡、松井、仁神、赤見、中地、南条長吉、布施、豊前、矢野、立川、鈴木
  • 大和守
    • 岡部、角田、岩井、高、菅谷、大貫、直江景綱、東、内藤綱秀・昌月、馬見塚
  • 若狭守
    • 遠藤、間宮綱信、原、後藤繁能、佐枝信宗、山口、山田、沼野、新井、石川、倉林、島村、福島

戦国遺文今川氏編

官途

  • 右衛門尉
    • 芋川親正、奥山、蒲原元賢、甲斐敏光、星谷、長尾顕忠、土屋昌恒、花井
  • 右衛門佐
    • 一色氏久、畠山、本間
  • 右衛門四郎
    • 星谷
  • 右衛門太郎
    • 中村
  • 右衛門大夫
    • 伊丹、下条義鎮、広瀬、三浦
  • 右京助
    • 月谷
  • 右京進
    • 酒井、小笠原、小笠原春茂、津月、都筑
  • 右京大夫
    • 佐竹、細川勝元・晴元・政元
  • 右京亮
    • 伊東貞守、井出、蔭山、加賀爪泰定、賀茂、近藤、紅林、渋谷親重、勝原直恒、松井、松平、松平義春、植松、神座、神尾、西郷、本多、和田家久
  • 右近
    • 高橋、牧野
  • 右近尉
    • 勝原為久、矢田
  • 右近佐
    • 今村
  • 右近左衛門尉
    • 中畠
  • 右近三郎
    • 細江谷
  • 右近助
    • 三浦
  • 右近将監
    • 石川忠成
  • 右近丞
    • 佐藤
  • 雅楽助
    • 岩瀬、岡部、蒲原、栗田、佐竹高貞、酒井政家、松平親重、大隅、大村、渡辺、富士
  • 右中将
    • 山科言経
  • 采女
    • 吉野、若林、葛山
  • 右兵衛尉
    • 垪和
  • 右兵衛佐
    • 足利義氏、大沢
  • 右兵衛助
    • 高橋
  • 右兵衛大夫
    • 朝比奈信置
  • 右兵衛督
    • 仁木義持
  • 右馬允
    • 関春光、山内通輔、牧野貞成・成守
  • 右馬佐
    • 小笠原長隆
  • 右馬助
    • 小鹿元詮、秋鹿、松平、足立勝正、朝比奈、富永、富士忠時、福島、福島春興、野田、簗田助実
  • 右馬丞
    • 加賀爪
  • 右馬大夫
    • 田代久重
  • 右馬頭
    • 一色、細河、細川尹賀、毛利輝元
  • 大炊左衛門尉
    • 朝比奈
  • 大炊助
    • 金差、後藤、松平好景、瀬見、石川信昌、跡部勝資
  • 大炊頭
    • 真里谷
  • 大蔵
    • 阿部定吉
  • 大蔵丞
    • 幸田定治
  • 織部佐
    • 菅沼定村
  • 織部丞
    • 菅沼不春、二宮
  • 織部佑
    • 神尾元直
  • 勘解由左衛門尉
    • 松平康定、河合、豊島、由比光英
  • 勘解由助
    • 江尻
  • 主計
    • 片岡
  • 主計允
    • 野依親家
  • 主計助
    • 河連助国、榊原久重、牧
  • 掃部助
    • 伊集院忠倉、岩城、金子、三豬、小野崎
  • 掃部丞
    • 大井、大田
  • 掃部頭
    • 安田
  • 刑部
    • 垪和、垪和
  • 刑部尉
    • 藤原国吉
  • 刑部右衛門
    • 天野
  • 刑部左衛門
    • 山角定勝、浅井、福沢
  • 刑部左近
    • 河内重茂
  • 刑部少輔
    • 一色、赤井、赤松、関口氏純、篠、篠原、上杉朝昌、帯兼、大館、武藤氏定
  • 刑部丞
    • 松平、常葉、朝比奈
  • 刑部大輔
    • 新納忠元、関口氏縁、手賀、平塚
  • 宮内
    • 真田、神加茂
  • 宮内右衛門尉
    • 天野藤秀
  • 宮内左衛門尉
    • 吉里、松浦
  • 宮内助
    • 市川昌房
  • 宮内少輔
    • 関口、原、源政康、佐々木賢誉、藁科
  • 宮内丞
    • 秋山昌満
  • 宮内大輔
    • 一色義直、原胤隆、原胤隆、山田
  • 宮内亮
    • 織田
  • 内蔵
    • 山口
  • 内蔵佐
    • 清田
  • 内蔵助
    • 小倉勝久
  • 蔵人
    • 佐原、松下建昌、朝比奈、富士信通
  • 蔵人佐
    • 松井、松平信孝、大道寺盛昌、徳川(松平)家康
  • 蔵人左大弁
    • 中御門宣秀
  • 蔵人丞
    • 伊達忠宗
  • 蔵人頭右近衛権中将
    • 庭田重保
  • 蔵人頭右大弁
    • 中御門資胤
  • 蔵人頭右大弁
    • 柳原淳光
  • 外記
    • 橋本
  • 玄蕃
    • 栗田、足代、大坪
  • 玄蕃尉
    • 芹沢
  • 玄蕃允
    • 松平清善
  • 玄蕃助
    • 山路
  • 玄蕃頭
    • 穴山信君
  • 監物
    • 黒田、太田、畔田
  • 監物丞
    • 井伊朝光、奥平定勝・定能、御宿友綱、松平家次、西郷信房
  • 左衛門
    • 土肥、二俣
  • 左衛門尉
    • 安保泰通、一宮元実、遠山景前、遠山康英・康光、海老名、興津清房、結城、原頼郷、御宿、酒井忠次、松田頼秀、村岡、町田義之、長井、長池親能、長尾、長尾憲景、田原、島津忠久、藤原、富士、武蔵、福島助春、由比為光、由比光澄
  • 左衛門九郎
    • 梧岡、村松綱吉
  • 左衛門五郎
    • 小島家次
  • 左衛門佐
    • 今川、渋川義鏡、小笠原広重、小笠原定基、小早川隆景、松井宗信、上杉憲清、大館晴光、北条氏尭
  • 左衛門三郎
    • 下岩崎
  • 左衛門次郎
    • 岡村久吉、御宿友綱
  • 左衛門少尉
    • 今川国氏
  • 左衛門太郎
    • 上島、石黒成吉、土屋
  • 左衛門大夫
    • 粟屋、浅井、横須賀、穴山信君、行方、佐々木(六角)義賢、鹿島、鳥山、飯尾元種、北条綱成
  • 左衛門督
    • 結城晴朝、小山、松平、大友義鎮、桃井
  • 左衛門督
    • 朝倉義景
  • 左京進
    • 安方、岡部親綱、小美、村井、朝比奈、林
  • 左京大夫
    • 伊達晴宗、佐々木(六角)定頼、三好義継、仁木長政、北条氏綱・氏康・氏政
  • 左京亮
    • 伊東貞久、秋鹿、蔭山貞広、興津、戸田(藤田)定光、後藤勝元、佐野、三浦元政、三沢、大石、武田、豊前氏景
  • 左近
    • 遠山(苗木)道廉、津田、匂坂直興
  • 左近尉
    • 戸田政光、西茂重、藤原
  • 左近衛門
    • 西屋
  • 左近三郎
    • 雲谷
  • 左近四郎
    • 前島
  • 左近次郎
    • 松平
  • 左近助
    • 伊東、興津、興津信家
  • 左近将監
    • 奥山友久、高橋、根本、松井忠次、正木実次、中村親清、福島春能、木戸、矢部
  • 左近丞
    • 神尾
  • 左近太郎
    • 井出、毛呂
  • 左近大夫
    • 一色、後藤宗誕、斎藤利政、大草康盛
  • 左兵衛佐
    • 大沢基胤
  • 左兵衛丞
  • 左兵衛督
    • 斯波、足利政知・晴氏
  • 左馬允
    • 岡部、朝比奈泰忠
  • 左馬助
    • 原河、三浦、山口教継、酒井、小原、新野、諏訪、太田、武田信繁、垪和広基
  • 左馬丞
    • 近藤
  • 左馬頭
    • 紀井守世、足利義氏
  • 式部
    • 佐野
  • 式部少輔
    • 上野、大藤
  • 式部丞
    • 石川信実、石田、武田信嗣
  • 式部大輔
    • 下川辺、印東、大森顕隆
  • 治部少輔
    • 荒河、今川範将、小田切、上杉政憲、上杉朝良、大沢
  • 治部大輔
    • 一色義紀、今川義元、今川義忠、斯波、上杉、中居
  • 修理
    • 多賀谷重経、平野
  • 修理権大夫
    • 平時明
  • 修理助
    • 後藤
  • 修理進
    • 興津、古津、高橋、色部、西、中路
  • 修理正
    • 内藤昌秀
  • 修理大夫
    • 今川氏親、佐竹義昭、上杉定正、相良義頼、島津義久、尼子晴久、畠山義継、蘆名盛重
  • 修理亮
    • 一宮宗久、賀、甲斐、高氏師、今河、佐野、三和、氏家、勝田、小長谷、進士晴舎、長尾
  • 将監
    • 粟生永信、賀藤、興津、芹沢、三浦、酒井忠尚、小野、松下長安、上原、植松、中山、渡辺、平賀勝家、矢部
  • 将監太郎
    • 鈴木重春
  • 少弐
    • 佐々木長守
  • 周防守
    • 庵原、松浦盛、進藤
  • 図書助
    • 角田、四宮輝明、太田資忠、渡辺盛、富士、福島助春
  • 摂津助
    • 肥後
  • 大学助
    • 興津
  • 大膳大夫
    • 武田晴信
  • 大膳亮
    • 印東、奥山、奥山良茂、菅沼定継、正木時茂、中村、筒井藤秀、南部
  • 大納言
    • 広橋国光
  • 内匠助
    • 三浦正俊、曽祢昌世
  • 内匠頭
    • 由比光綱
  • 帯刀
    • 岡部、佐野宗元、朝比奈
  • 帯刀左衛門尉
    • 山本成氏、瀬上
  • 弾正
    • 下条、三宅、西郷、渡辺、那須
  • 弾正左衛門
    • 戸田(田原)、西郷吉員、難波田善銀
  • 弾正左衛門尉
    • 朝倉、荻野、戸田(松平)宗光
  • 弾正小弼
    • 今川、佐々木(六角)定頼、小笠原信興、上杉景虎、上杉憲藤、長尾景虎
  • 弾正忠
    • 伊奈盛泰、加治木兼盛、甘利、戸田憲光、佐久間、春日虎綱、織田信長・信秀
  • 主税助
    • 佐野、万沢
  • 千葉介
    • 千葉勝胤・邦胤・孝胤・胤富
  • 中将
    • 岩崎、長田
  • 中納言
    • 広橋綱光、北畠
  • 典厩
    • 上杉定昌、武田信豊
  • 主殿助
    • 戸田重貞
  • 内記
    • 石川数正
  • 内膳大夫
    • 長井
  • 内膳亮
    • 松井
  • 中務
    • 鈴木
  • 中務少輔
    • 上野家成、植野、谷内部
  • 中務丞
    • 永見輔安、本間季能・久季、藁科
  • 中務大輔
    • 一色、瀬名氏範、千葉、富士、木曽義康、簗田高助・晴助
  • 縫殿
    • 鈴木
  • 縫殿左衛門
    • 由比
  • 縫殿左衛門尉
  • 縫殿助
    • 坂下、杉山、白石、本多正忠
  • 縫殿丞
    • 町田
  • 隼人
    • 上条、渡辺、藤井、由比
  • 隼人佐
    • 丹羽
  • 隼人佑
    • 原昌胤
  • 兵衛尉
    • 朝比奈元智、長尾
  • 兵衛太郎
    • 松平
  • 兵衛太郎尉
    • 佐藤
  • 兵衛大夫
    • 富永
  • 兵庫助
    • 伊藤、奥平(宮崎)信近、葛山、高井、柴豊宗、小笠原氏長、小野、松井貞宗、上原、植松元俊、真木重信、大河内真家、中山、渡辺、浜名政明、浜名忠正、牟呂、矢野、鱸信重
  • 兵部
    • 小笠原、朝比奈
  • 兵部少輔
    • 一色、下条、後藤、中安定安、富士信忠
  • 兵部丞
    • 奥山定友、桑原
  • 兵部大輔
    • 一色、今川国氏、細川藤孝、武田信懸
  • 民部
    • 下里、近藤康用、中川
  • 民部少輔
    • 高瀬、小笠原貞頼、小鹿、天野、富樫氏賢
  • 民部丞
    • 奥山、今村、牧野成勝、野呂、由比光能、孕石行重
  • 民部大輔
    • 大須賀、今川範政、上杉、上杉房定、大内晴泰、中居、木内、里見
  • 木工左衛門尉
    • 土屋
  • 木工助
    • 吉江茂高
  • 主水佐
    • 孕石元泰
  • 主水助
    • 戸田、鈴木
  • 主水佑
    • 井伊
  • 靭負
    • 幡鎌

受領名

  • 安芸守
    • 江馬泰顕、三浦、石川忠成、天野景泰
  • 安房守
    • 三吉隆亮、北条氏邦、里見
  • 淡路守
    • 古槇、正木時盛・頼時、長沼、福島
  • 伊賀守
    • 伊東祐遠、井伊直勝、井出、茨木、芹沢、高尾、渋谷、菅沼定盛、西尾親範、石巻、中村、長谷川、板倉勝重、福島
  • 伊豆守
    • 関口、興津、栗原、穴山信友、荒川、佐々、小原、武田信懸、木戸忠朝
  • 和泉守
    • 岡部、柿崎景家、岩間、岩瀬、守屋、小野、松井、松平親乗・真乗、水野、清貞英、福島範為
  • 伊勢守
    • 伊勢貞宗、遠藤、上杉
  • 出雲守
    • 目賀田、䳬田
  • 因幡守
    • 小野、松井、鷹野徳繁、長尾寛景、福島春興、野瀬頼則
  • 伊予守
    • 各和道空、諏訪、西郷、大館尚氏、筒井定次・順慶・藤賢、富樫氏賢、垪和氏続
  • 石見守
    • 岡部輝忠、玉井、近藤康用、松本景繁、大石、長谷川、鳥谷尾満栄
  • 越後守
    • 関口氏経、青木、周西、大塚、鈴木
  • 越前守
    • 井口、隠岐、勝田之長、小畑高勝、織田、村田経定、大田、百々、福島、鱸
  • 越中守
    • 粟屋宗菊、巨海、真木、長池
  • 近江守
    • 佐々木、大塚、二俣扶長、飯尾貞運、本間、里見
  • 大隅守
    • 伊波
  • 隠岐守
    • 河村縄興、甘利、菅谷、孕石
  • 尾張守
    • 井出、蔭山、春日、織田信長、真田、大東、大友、長尾
  • 甲斐守
    • 遠山綱景、荒川、妹尾
  • 加賀守
    • 伊勢貞満、江馬時成、斎藤安元、狩野、藤井、飯尾清房、鈴木
  • 上総介
    • 加子、今川義忠、今川氏真、今川範国、今川範氏、今川範政、今川範忠、小幡信真、織田信長、畠山、武田信高
  • 河内守
    • 岩瀬、富永、簗田成助
  • 紀伊守
    • 今村慶満、浅見、朝比奈、林
  • 上野介
    • 寺尾、酒井忠尚、上田、清水、曽我教助、沢木、武田信友
  • 上野守
    • 清水康英
  • 相模守
    • 富士信忠、北条氏康・氏政
  • 薩摩守
    • 粟屋、島津義俊
  • 佐渡守
    • 甘利、久能、後藤真正、水谷
  • 讃岐守
    • 栗田、原河、細河、小田氏治
  • 信濃守
    • 井伊直平・直盛、小笠原貞信、大森藤頼、朝比奈泰高、長野、矢部定信、由良成繁
  • 志摩守
    • 下条
  • 下総守
    • 神戸、成田長泰・正等、多賀谷、富津
  • 下野守
    • 宇都宮、宮、小山高朝、水野信元、曽祢昌世、朝比奈、朝比奈親孝・時茂、東、簗田助孝
  • 駿河守
    • 奥山、吉川元春、山内、大石、朝比奈信置、板垣信方
  • 摂津守
    • 興津、中原晴門、朝比奈、良知
  • 但馬守
    • 井上継隆・憲定、古槇延能、江戸、小笠原長則、小野、糟屋、大庭、長尾、津渡野
  • 丹後守
    • 海老江元喜、蒲原、杉山、大草、北条高広
  • 丹波守
    • 岡部、覚島、戸田、佐竹、朝比奈親徳、野瀬、鈴木
  • 筑後守
    • 吉田、走井、長坂虎房、茂木
  • 筑前守
    • 大石、朝比奈輝勝
  • 出羽守
    • 一宮、最上、三豬政長、牧野保成、由比
  • 遠江守
    • 宇都宮、狩野、拙秀治、万沢
  • 土佐守
    • 芹沢、青山、今村玄龍、三浦、三枝虎吉、飯尾、毛呂
  • 長門守
    • 三浦、植松盛信、前島、朝比奈
  • 能登権守
    • 大森
  • 能登守
    • 奥山、富士忠時・親時
  • 播磨守
    • 葛山、荒河、松田車順
  • 肥後守
    • 各和、朝比奈、友野
  • 肥前守
    • 松浦隆信、大原資良
  • 備前守
    • 加賀爪政豊、糟屋、走井、池谷、渡辺
  • 飛騨守
    • 朝原、武田
  • 常陸介
    • 温井
  • 常陸守
    • 菅沼定仙、富士
  • 備中守
    • 伊勢貞隆、海上師胤、葛山、太田永厳、大河内真家、大河内貞綱、丹下盛知、朝比奈泰朝・泰煕・泰能、町野義俊、浜名政明
  • 日向守
    • 吉野、元井、石川家成、鈴木重治、和夫
  • 備後守
    • 広戸重久、三浦正俊、松平清善、織田信秀
  • 豊前守
    • 河田長親、土屋(岡部)貞綱、飯尾連龍・乗連・致実、由比光澄
  • 豊後守
    • 佐保田、斎藤宗基、西郷、多賀、福島春久、本多広孝
  • 伯耆守
    • 河田重親、秋山虎繁、石川数正、多芸
  • 三河守
    • 加賀爪永授、海老名、根本、佐野、小幡信尚、曽根虎長、天方、徳川(松平)家康、毛呂、木戸孝範
  • 美濃守
    • 奥山良茂、岡部久綱、興津久信、山本、菅沼、太田資正、土岐頼芸、馬場信春、板倉、矢部
  • 美作守
    • 梶原政景、興津、小笠原氏興、跡部勝忠、中村、土岐、由比
  • 陸奥守
    • 一色、瀬名親隆、大館、島津貴久、北条氏照、毛利元就
  • 山城守
    • 皆川広照、近藤、斎藤龍興、松井貞宗・宗能、進藤賢盛、豊前、牧野、垪和広基
  • 大和守
    • 伊集院忠朗、岡部、河村縄興、原河、高、高山、松井、直江景綱、飯尾元連、由比光広
  • 若狭守
    • 阿多、佐野、朝比奈、長野、匂坂直興、馬場、飯尾、鈴木、藁科

2019/12/14(土)「入道」の前後につく言葉

史料不足だったため、追記・修正

入道リスト

「入道」で呼称を戦国遺文(後北条氏編と今川氏編)の索引で抽出したものに、埼玉県資料叢書、信長文書の研究、神奈川県史、静岡県史、愛知県史からのデータを付加。自称・他称や文書形式で実情は異なると思われるが、そこは反映していない。

種類別のグラフ

入道 種別割合.png

リスト

種別 要素 名前 出典
A=入道のみ 入道 (新井)入道 戦北
A=入道のみ 入道 (伊勢)入道 戦北
A=入道のみ 入道 (長尾)入道 戦北
B=俗名・入道 仮名+入道 (伊勢)新九郎入道 戦今
B=俗名・入道 仮名+入道 (奥平)八郎左衛門尉入道 戦今
B=俗名・入道 仮名+入道 (紅林)次郎左衛門入道 戦今
B=俗名・入道 仮名+入道 (西郷)弾正左衛門入道 戦今
B=俗名・入道 仮名+入道 (向坂)六右衛門入道 戦今
B=俗名・入道 仮名+入道 (鳥居)源七郎入道 戦今
B=俗名・入道 仮名+入道 (波木井)六郎入道 戦今
B=俗名・入道 仮名+入道 (松下)善九入道 戦今
B=俗名・入道 仮名+入道+諱 (興津)藤兵衛入道正信 戦今
B=俗名・入道 官途+入道 (笠原)越前入道 戦北
B=俗名・入道 官途+入道 (北条)上総入道 戦北
B=俗名・入道 官途+入道 (山本)信濃入道 戦北
B=俗名・入道 官途+入道 (簗田)中務入道 戦北
B=俗名・入道 官途+入道 (浅原)飛騨入道 戦今
B=俗名・入道 官途+入道 (荒河)播磨入道 戦今
B=俗名・入道 官途+入道 (伊東)伊賀入道 戦今
B=俗名・入道 官途+入道 近江入道 戦今
B=俗名・入道 官途+入道 (岡部)美濃入道 戦今
B=俗名・入道 官途+入道 (興津)美濃入道 戦今
B=俗名・入道 官途+入道 (奥平)監物入道 戦今
B=俗名・入道 官途+入道 (加賀爪)三河入道 戦今
B=俗名・入道 官途+入道 (筒井)伊予入道 戦今
B=俗名・入道 官途+入道 (永見)中務丞入道 戦今
B=俗名・入道 官途+入道 (冨士)相模入道 戦今
B=俗名・入道 官途+入道 (松井)山城入道 戦今
B=俗名・入道 官途+入道 (御厨)伯耆入道 戦今
B=俗名・入道 官途+入道 (岩瀬)和泉入道 戦今
B=俗名・入道 官途+入道 (幡鎌)靱負入道 戦今
B=俗名・入道 官途+入道 (簗田)中務入道晴助
B=俗名・入道 官途+入道+諱 (清水)上野入道康英 戦北
B=俗名・入道 道名+入道 信玄入道
B=俗名・入道 名字+仮名+入道 糟屋新左衛門入道 戦今
B=俗名・入道 名字+仮名+入道 小島三郎右衛門入道 戦今
B=俗名・入道 名字+仮名+入道 伊勢新九郎入道 戦北
B=俗名・入道 名字+仮名+入道 上杉四郎入道
B=俗名・入道 名字+仮名+入道 遠山三郎兵衛入道
B=俗名・入道 名字+仮名+入道 牧野平左衛門入道
B=俗名・入道 名字+官途+入道 天野佐渡入道 戦北
B=俗名・入道 名字+官途+入道 天野新右衛門尉入道 戦北
B=俗名・入道 名字+官途+入道 安藤豊前入道 戦北
B=俗名・入道 名字+官途+入道 笠原越前入道 戦北
B=俗名・入道 名字+官途+入道 加納越後入道 戦北
B=俗名・入道 名字+官途+入道 北条安芸入道 戦北
B=俗名・入道 名字+官途+入道 毛利安芸入道 戦北
B=俗名・入道 名字+官途+入道 喜多条安芸入道 戦北
B=俗名・入道 名字+官途+入道 清水上野入道 戦北
B=俗名・入道 名字+官途+入道 神保宮内入道 戦北
B=俗名・入道 名字+官途+入道 関善左衛門入道 戦北
B=俗名・入道 名字+官途+入道 長尾左衛門尉入道 戦北
B=俗名・入道 名字+官途+入道 原若狭入道 戦北
B=俗名・入道 名字+官途+入道 原豊前入道 戦北
B=俗名・入道 名字+官途+入道 北美(北条美濃)入道 戦北
B=俗名・入道 名字+官途+入道 山本信濃入道 戦北
B=俗名・入道 名字+官途+入道 間宮豊前入道 戦北
B=俗名・入道 名字+官途+入道 真里谷大学入道 戦北
B=俗名・入道 名字+官途+入道 簗田中務大輔入道 戦北
B=俗名・入道 名字+官途+入道 天野安芸入道 戦今
B=俗名・入道 名字+官途+入道 飯尾若狭入道 戦今
B=俗名・入道 名字+官途+入道 近藤山城入道 戦今
B=俗名・入道 名字+官途+入道 佐々木丹波入道 戦今
B=俗名・入道 名字+官途+入道 袴田対馬入道 戦今
B=俗名・入道 名字+官途+入道 松井山城入道 戦今
B=俗名・入道 名字+官途+入道 三浦安芸入道 戦今
B=俗名・入道 名字+官途+入道 興津美作入道 戦今
B=俗名・入道 名字+官途+入道 糟屋但馬入道 戦今
B=俗名・入道 名字+官途+入道 安保信濃入道
B=俗名・入道 名字+官途+入道 大森信濃入道
B=俗名・入道 名字+官途+入道 上杉修理太夫入道
B=俗名・入道 名字+官途+入道 富士兵部大輔入道 戦今
B=俗名・入道 名字+官途+入道 波多野伊賀入道
B=俗名・入道 名字+官途+入道 長尾左衛門入道
B=俗名・入道 名字+官途+入道 上田蔵人入道
B=俗名・入道 名字+官途+入道 矢野安芸入道
B=俗名・入道 名字+官途+入道 木村式部入道
B=俗名・入道 名字+官途+入道 発知山城入道
B=俗名・入道 名字+官途+入道 蔭山長門入道 戦北
B=俗名・入道 名字+官途+入道 岡部豊後入道
B=俗名・入道 名字+官途+入道 仁科民部入道
B=俗名・入道 名字+官途+入道 蒲生下野入道
B=俗名・入道 名字+官途+入道 布施淡路入道
B=俗名・入道 名字+官途+入道 種子島左近大夫入道 戦今
B=俗名・入道 名字+官途+入道 本庄美作入道
B=俗名・入道 名字+官途+入道 大井左馬允入道 戦今
B=俗名・入道 名字+官途+入道 戸次伯耆入道
B=俗名・入道 名字+官途+入道 遠山左衛門入道
B=俗名・入道 名字+官途+入道 太田美濃入道
B=俗名・入道 名字+官途+入道 山左入道
B=俗名・入道 名字+官途+入道 冨岡対馬入道 戦北
B=俗名・入道 名字+官途+入道 山角対馬入道 戦北
B=俗名・入道 名字+官途+入道 島津修理入道
B=俗名・入道 名字+官途+入道 大森式部大輔入道
B=俗名・入道 名字+官途+入道 石毛大和入道
B=俗名・入道 名字+官途+入道 神庭三河入道 戦北
B=俗名・入道 名字+官途+入道 斎藤式部入道
B=俗名・入道 名字+官途+入道 福本掃部入道
B=俗名・入道 名字+官途+入道 高井兵庫入道 戦今
B=俗名・入道 名字+官途+入道 原河讃岐入道 戦今
B=俗名・入道 名字+官途+入道 板部岡越中入道 戦北
B=俗名・入道 名字+官途+入道+諱 北条美濃守入道氏規 戦北
B=俗名・入道 名字+官途+入道+諱 松田尾張入道憲秀 戦北
B=俗名・入道 名字+官途+入道+諱 伊東三位入道義祐 戦今
B=俗名・入道 名字+入道 赤見入道 戦北
B=俗名・入道 名字+入道 板部岡入道 戦北
B=俗名・入道 名字+入道 梅原入道 戦北
B=俗名・入道 名字+入道 大戸入道 戦北
B=俗名・入道 名字+入道 海保入道 戦北
B=俗名・入道 名字+入道 北入(北条入道) 戦北
B=俗名・入道 名字+入道 久米入道 戦北
B=俗名・入道 名字+入道 国分入道 戦北
B=俗名・入道 名字+入道 酒井入道 戦北
B=俗名・入道 名字+入道 清水入道 戦北
B=俗名・入道 名字+入道 神保入道 戦北
B=俗名・入道 名字+入道 鈴木入道 戦北
B=俗名・入道 名字+入道 長尾入道 戦北
B=俗名・入道 名字+入道 伊藤入道 戦今
B=俗名・入道 名字+入道 難波田入道 戦今
B=俗名・入道 名字+入道 堀入道 戦今
B=俗名・入道 名字+入道 本郷入道 戦今
B=俗名・入道 名字+入道 今井入道
B=俗名・入道 名字+入道 大日方入道
B=俗名・入道 名字+入道 里見入道
B=俗名・入道 名字+入道 石井入道 戦北
B=俗名・入道 名字+入道 林入道
B=俗名・入道 名字+入道 杉田入道 戦北
B=俗名・入道 名字+入道 坂田入道 戦今
B=俗名・入道 諱+入道 (向坂)長能入道 戦今
C=出家名・入道 道名+入道 (鵜殿)玄長入道 戦今
C=出家名・入道 道名+入道 (海老江)存高入道 戦今
C=出家名・入道 道名+入道 (詫摩)正碩入道 戦今
C=出家名・入道 道名+入道 (和夫)法源入道 戦今
D=混合 官途+入道+道名 (長尾)左衛門尉入道沙弥 戦今
D=混合 官途+入道+道名 (浜名)前備中入道成繁 戦今
D=混合 官途+入道+道名 (上杉)治部少輔入道建芳
D=混合 道名+官途+入道 (中山)生心民部入道 戦今
D=混合 名字+仮名+道名+入道+諱 長尾平三宗心入道景虎 戦今
D=混合 名字+仮名+入道+道名 松平三郎右衛門入道浄賢 戦今
D=混合 名字+仮名+入道+道名 斉藤五良左衛門入道智伝二女 戦今
D=混合 名字+仮名+入道+道名 伊勢新九郎入道宗瑞
D=混合 名字+仮名+入道+道名 堀平右衛門入道道清
D=混合 名字+仮名+入道+道名 高橋一左衛門入道空道
D=混合 名字+官途+入道+軒号 上原民部入道随翁軒
D=混合 名字+官途+入道+道名 北条上総入道道感 戦北
D=混合 名字+官途+入道+道名 佐々木左衛門大夫入道承禎 戦今
D=混合 名字+官途+入道+道名 長尾左衛門入道伊玄
D=混合 名字+官途+入道+道名 大友左衛門督入道宗麟
D=混合 名字+官途+入道+道名 武田大膳大夫入道晴信 戦今
D=混合 名字+官途+入道+道名 北条安芸入道芳林
D=混合 名字+官途+入道+道名 南条山城入道香玉 戦北
D=混合 名字+道名+入道 奥平道紋入道 戦今
D=混合 名字+道名+入道 武田信玄入道 戦今
D=混合 名字+道名+入道 村松道化入道 戦今
D=混合 名字+入道+道名 板部岡入道江雪 戦北
D=混合 名字+入道+道名 海保入道長玄 戦北
D=混合 名字+入道+道名 堀入道道清 戦今
D=混合 名字+入道+道名 板入江雪 戦北

2018/10/13(土)羽柴秀吉の宣戦布告状一覧

豊臣秀吉文書集2766「羽柴秀吉条々」(個人蔵『秀吉の宣戦布告状』)

(欠落ヵ)北条事、近年蔑 公儀、不能上洛、殊於関東任雅意狼藉条、不及是非、然間去年可被成御誅罰処、駿河大納言家康卿依為縁者、種々懇望候間、以条数被仰出候へハ、御請申付而被成御赦免、則美濃守罷上御礼申上候事
一、先年家康被相定条数、家康表裏様ニ申上候間、美濃守被成御対面上者、境目等之儀被聞召届、有様ニ可被仰候之間、家々郎従差越候へと被仰出候処、江雪差上訖、家康与北条国切之約諾儀如何と御尋候処、其意趣者、甲斐・信濃之中城々ハ家康手柄次第可被申付、上野中者北条可被申付之由相定、甲信両国者即家康被申付候、上野沼田之儀者北条不及自力、却而家康相違之様ニ申成、寄事於左右、北条出仕迷惑之旨申上かと被思食、於其儀者沼田可被下候、乍去上野のうち、真田持来候知行三分二沼田之城ニ相付、北条へ可被下候、三分一ハ真田ニ被仰付候条、其中ニ有之城をハ真田可相拘之由被仰定、右北条ニ被下候三分二之替地者、家康より真田ニ可相渡旨被成御究、北条上洛可仕との一札出候ハゝ、即被差遣御上使、沼田可被相渡と被仰出、江雪被返下候事
一、当年極月上旬、氏政可致出仕之旨、御請一札進上候、依之被差遣津田隼人正・富田左近将監、沼田被渡下候事
一、沼田要害請取候上者、右一札相任、即可罷上と被思召候処、真田相拘候なくるミの城を取、表裏仕候上者、使者ニ非可被成御対面儀候、彼使雖可及生害、助命返遣候事
一、秀吉若輩之時、孤と成て信長公属幕下、身を山野に捨、骨を海岸に砕、干戈を枕とし夜はに寝、夙におきて軍忠をつくし戦功をはけます、然而中比より蒙君恩、人に名をしらる、因茲西国征伐之儀被仰付、対大敵争雌雄刻、明智日向守光秀以無道之故、奉討信長公、此註進を聞届、弥彼表押詰任存分、不移時日令上洛、逆徒光秀伐頸、報恩恵雪会稽、其後柴田修理亮勝家、忘信長公之厚恩、国家を乱し叛逆之条、是又令退治畢、此外諸国叛者討之、降者近之、無不属麾下者、就中秀吉一言之表裏不可有之、以此故相叶天道者哉、予既挙登龍揚鷹之誉、成塩梅則闕之臣、関万機政、然処氏直背天道之正理、対 帝都企奸謀、何不蒙天罰哉、古諺云、巧訴不如拙誠、所詮普天下逆 勅命輩、早不可不加誅罰、来歳必携節旄令進発、可刎氏直首、不可廻踵者也、
天正十七年十一月廿四日/(羽柴秀吉朱印)/北条左京大夫とのへ

豊臣秀吉文書集2767「羽柴秀吉条々」(大坂青山短期大学)

条々
一、北条事、近年蔑 公儀、不能上洛、殊於関東任雅意狼藉条、不及是非、然間去年可被成御誅罰処、駿河大納言家康卿依為縁者、種々懇望之間、以条数被仰出候へハ、御請申付候て被成御赦免、則美濃守罷上御礼申上候事
一、先年家康被相定条数、家康表裏様ニ申上候間、美濃守被成御対面上ハ、境目等之儀被聞召届、有様ニ可被仰候之間、家々郎従差越候へと被仰出候処、江雪差上訖、家康与北条国切之約諾儀如何と御尋候処、其意趣者、甲斐・信濃之中城々ハ家康手柄次第可被申付、上野中者北条可被申付之由相定、甲信両国者即家康被申付候、上野沼田之儀者北条不及自力、却而家康相違之様ニ申成、寄事於左右、北条出仕迷惑之旨申上かと被思食、於其儀者沼田可被下候、乍去上野のうち、真田持来候知行三分二沼田之城ニ相付、北条へ可被下候、三分一ハ真田ニ被仰付候条、其中ニ有之城をハ真田可相拘之由被仰定、右北条ニ被下候三分二之替地者、家康より真田ニ可相渡旨被成御究、北条上洛可仕との一札出候ハゝ、即被差遣御上使、沼田可被相渡と被仰出、江雪被返下候事
一、当年極月上旬、氏政可致出仕旨、御請一札進上候、因茲被差遣津田隼人正・富田左近将監、沼田被渡下候事
一、沼田要害請取候上ハ、右一札ニ相任、則可罷上と被思召候処、真田相拘候なくるミの城を取、表裏仕候上者、使者ニ非可被成御対面儀候、彼使雖可及生害、助命返遣候事
一、秀吉若輩之時、孤と成て信長公属幕下、身を山野に捨、骨を海岸に砕、干戈を枕とし夜はに寝、夙におきて軍忠をつくし戦功をはけます、然而中比より蒙君恩、人に名をしらる、依之西国征伐之儀被仰付、対大敵争雌雄刻、明智日向守光秀以無道之故、奉討信長公、此注進を聞届、弥彼表押詰任存分、不移時日令上洛、逆徒光秀伐頸、報恩恵雪会稽、其後柴田修理亮勝家、信長公之厚恩を忘、国家を乱し叛逆之条、是又令退治畢、此外諸国叛者討之、降者近之、無不属麾下者、就中秀吉一言之表裏不可有之、以此故相叶天道者哉、予既挙登龍揚鷹之誉、成塩梅則闕之臣、関万機政、然処氏直背天道之正理、対帝都企奸謀、何不蒙天罰哉、古諺云、巧訴不如拙誠、所詮普天下逆勅命輩、早不可不加誅伐、来歳必携節旄令進発、可刎氏直首事、不可廻踵者也、
天正十七年十一月廿四日/(羽柴秀吉朱印)/北条左京大夫とのへ

豊臣秀吉文書集2768「羽柴秀吉条々」(真田家文書)

条々
一、北条事、近年蔑 公儀、不能上洛、殊於関東任雅意狼藉条、不及是非、然間去年可被成御誅罰処仁、駿河大納言家康卿依為縁者、種々懇望候間、以条数被仰出候へハ、御請申付而被成御赦免、則美濃守罷上御礼申上候事
一、先年家康被相定条数、家康表裏様仁申上候間、美濃守被成御対面上ハ、境目等之儀被聞召届、有様ニ可被仰付之間、家々郎従差越候へと被仰出候処ニ、江雪差上畢、家康与北条国切之約諾儀如何と御尋候処、其意趣者、甲斐・信濃之中城々ハ家康手柄次第可被申付、上野之中ハ北条可被申付之由相定、甲信両国者則家康被申付候、上野沼田儀者北条不及自力、却而家康相違之様ニ申成、寄事於左右、北条出仕迷惑之旨申上候歟と被思食、於其儀者沼田可被下候、乍去上野のうち、真田持来候知行三分二沼田之城ニ相付、北条ニ可被下候、三分一ハ真田ニ被仰付候条、其中ニ在之城をハ真田可相拘之由被仰定、右北条ニ被下候三分二之替地者、家康より真田ニ可相渡旨被成御究、北条可出仕との一札出候ハゝ、則被差遣御上使、沼田可被相渡と被仰出、江雪被返下候事
一、当年極月上旬、氏政可致出仕旨、御請一札進上候、因茲被差遣津田隼人正・富田左近将監、沼田被渡下候事
一、沼田要害請取候上ハ、右一札ニ相任、則可罷上と被思召候処、真田相拘候なくるミの城を取、表裏仕候上者、使者ニ非可被成御対面儀候、彼使雖可及生害、助命返遣候事
一、秀吉若輩之時、孤と成て信長公属幕下、身を山野に捨、骨を海岸に砕、干戈を枕とし夜ハに寝、夙におきて軍忠をつくし戦功をはけます、然而中比より蒙君恩、人に名を知らる、依之西国征伐之儀被仰付、対大敵争雌雄刻、明智日向守光秀以無道之故、奉討信長公、此注進を聞届、弥彼表押詰任存分、不移時日令上洛、逆徒光秀伐頸、報恩恵雪会稽、其後柴田修理亮勝家、信長公之厚恩を忘、国家を乱し叛逆之条、是又令退治畢、此外諸国叛者討之、降者近之、無不属麾下者、就中秀吉一言之表裏不可有之、以此故相叶天命者哉、予既挙登龍揚鷹之誉、成塩梅則闕之臣、関万機政、然処ニ氏直背天道之正理、対 帝都企奸謀、何不蒙天罰哉、古諺云、巧訴不如拙誠、所詮普天下逆 勅命輩、早不可不加誅伐、来歳必携節旄令進発、可刎氏直首事、不可廻踵者也、
天正十七年十一月廿四日/(羽柴秀吉朱印)/北条左京大夫とのへ

豊臣秀吉文書集2769「羽柴秀吉条々」(伊達家文書)

条々
一、北条事、近年蔑 公儀、不能上洛、殊於関東任雅意狼藉条、不及是非、然間去年可被加御誅罰処、駿河大納言家康卿依為縁者、種々懇望之間、以条数被仰出候へハ、御請申付而被成御赦免、即美濃守罷上御礼申上事
一、先年家康被相定条数、家康表裏様ニ申上候之間、美濃守被成御対面上者、境目等之儀被聞召届、有様ニ可被仰付間、家々郎従指越候へと被仰出之処、江雪差上訖、家康与北条国切之約諾之儀如何と御尋候之処、其意趣者、甲斐・信濃中城々ハ家康手柄次第可被申付、上野之中者北条可被申付之由相定、甲信両国者即家康被申付候、上野沼田之儀者北条不及自力、却而家康相違之様ニ申成、寄事於左右、北条出仕迷惑之旨申上歟与被思食、於其儀者沼田可被下候、乍去上野之中、真田持来候知行三分二沼田之城ニ相付、北条へ可被下候、三分一ハ真田ニ被仰付之条、其中ニ有之城をハ真田可相拘之由被仰定、右北条ニ被下候三分二之替地者、自家康真田ニ可相渡旨被成御究、北条上洛可仕との一札出候者、即被指遣御上使、沼田可被相渡与被仰出、江雪被返下候事
一、当年極月上旬、氏政可致出仕之旨、■請一札進上之候、因茲被差遣津田隼人正・富田左近将監、沼田被渡下候事
一、沼田要害請取候上者、右相任一札、即可罷上と被思食之処、真田相拘候なくるミの城を取、表裏仕候上者、使者ニ非可被成御対面儀候、彼使雖可及生害、助命返遣候事
一、秀吉若輩之時、孤と成て信長公属幕下、身を山野ニ捨、骨を海岸に砕、干戈を枕とし夜はに寝、夙におきて軍忠をつくし戦功をはけます、然而自中比蒙君恩、人に名をしらる、依之西国征伐之儀被仰付、対大敵争雌雄刻、明智日向守光秀以無道之故、奉討信長公、此注進を聞届、弥彼表押詰任存分、不移時日令上洛、逆徒光秀伐頸、報恩恵雪会稽、其後柴田修理亮勝家、信長公之厚恩を忘、国家を乱し叛逆之条、是又令退治畢、此外諸国叛者討之、降者近之、無不属麾下者、就中秀吉一言之表裏不可有之、以此故相叶天道者哉、予既挙登龍揚鷹之誉、成塩梅則闕之臣、関万機政、然処氏直背天道之正理、対帝都企奸謀、何不蒙天罰哉、古諺云、巧訴不如拙誠、所詮普天下逆勅命輩、早不可不加誅伐、来歳必携節旄令進発、可刎氏直首事、不可廻踵者也、 天正十七年十一月廿四日/(羽柴秀吉朱印)/北条左京大夫とのへ

豊臣秀吉文書集2770「羽柴秀吉条々」(早稲田大学図書館・毛利家旧蔵文書)

条々
一、北条事、近年蔑 公儀、不能上洛、殊於関東任雅意狼藉条、不及是非、然間去年可被加御誅罰処、駿河大納言家康卿依為縁者、種々懇望候間、以条数被仰出候へハ、御請申付而被成御赦免、則美濃守罷上御礼申上候事
一、先年家康被相定条数、家康表裏様ニ申上候間、美濃守被成御対面上ハ、堺目等之儀被聞召届、有様ニ可被仰付候之間、家々郎従差越候へと被仰出候之処、江雪差上訖、家康与北条国切之約諾儀如何と御尋候処、其意趣者、甲斐・信濃之中城々ハ家康手柄次第可被申付、上野之中ハ北条可被申付之由相定、甲信両国者則家康被申付候、上野沼田儀者北条不及自力、却而家康相違之様ニ申成、寄事於左右、北条出仕迷惑之旨申上かと被思召、於其儀者沼田可被下候、乍去上野のうち、真田持来候知行三分二沼田之城ニ相付、北条ニ可被下候、三分一ハ真田ニ被仰付候条、其中ニ有之城ハ真田可相拘由被仰定、右之北条ニ被下候三分二之替地ハ、家康より真田ニ可相渡旨被成御極、北条上洛可仕との一札出候者、則被差遣御上使、沼田可相渡与被仰出、江雪被返下候事
一、当年極月上旬、氏政可致出仕之旨、御請之一札進上候、依之被差遣津田隼人正・富田左近将監、沼田被渡下候事
一、沼田要害請取候上ハ、右一札ニ相任、則可罷上と被思食候処、真田相拘候なくるミの城を取、表裏仕候上者、使者ニ非可被成御対面儀候、彼使雖可及生害、助命返遣候事
一、秀吉若輩之時、孤と成て信長公属幕下、身を山野に捨、骨を海岸に砕、干戈を枕とし夜はに寝、夙におきて軍忠をつくし戦功をはけます、然而中比より蒙君恩、人に名をしらる、因茲西国征伐之儀被仰付、対大敵争雌雄刻、明智日向守光秀以無道之故、奉討信長公、此註進を聞届、弥彼表押詰任存分、不移時日令上洛、逆徒光秀伐頸、報恩恵雪会稽、其後柴田修理亮勝家、信長公之厚恩を忘、国家を乱し叛逆之条、是又令退治訖、此外諸国叛者討之、降者近之、無不属麾下者、就中秀吉一言之表裏不可有之、以此故相叶天命哉、予既挙登龍揚鷹之誉、成塩梅則闕之臣、関万機政、然処氏直背天道之正理、対帝都企奸謀、何不蒙天罰哉、古諺云、巧訴不如拙誠、所詮普天下逆勅命輩、早不可不加誅伐、来歳必携節旄令進発、可刎氏直首事、不可廻踵者也、 天正十七年十一月廿四日/(羽柴秀吉朱印)/北条左京大夫とのへ

豊臣秀吉文書集2771「羽柴秀吉条々」(言継卿記)

条々
一、北条事、近年蔑公儀、不能上洛、殊於関東任雅意狼藉之条、不及是非、而去年可被加御誅罰処、駿河大納言家康卿依為縁者、種々懇望候間、以条数被仰出候へハ、御請申付而被成御赦免、則美濃守罷上御礼申候事
一、先年家康被相定条数、家康表裏之様ニ申上候間、美濃守被成御対面上ハ、境目等之儀被聞召届、有様ニ可被仰付候之間、家之郎従差越候へと被仰出之処、江雪差上訖、家康与北条国切之約諾儀如何と御尋候処ニ、其意趣者、甲斐・信濃之中城々ハ家康手柄次第可被申付、上野之中ハ北条可被申付之由相定、甲信両国ハ則家康被申付候、上野沼田儀ハ北条不及自力、却而家康相違之様ニ申成、寄事於左右、北条出仕迷惑之旨申上かと被思食、於其儀者沼田可被下候、乍去上野のうち、真田持来候知行三分二沼田城仁相付、北条ニ可被下候、三分一ハ真田ニ被仰付候条、其中ニ有之城をハ真田可相拘之由被仰定、右之北条ニ被下候三分二之替地ハ、家康より真田ニ可相渡旨被成御究、北条上洛可仕との一札出之、則被差遣下御上使、沼田可被相渡旨被仰出、江雪被返下候事
一、当年極月上旬、氏政可致出仕之旨、御請之一札進上候、依之被差遣津田隼人正・富田左近将監、沼田被罷下候事
一、沼田要害請取候上ハ、右之一札ニ相任、則可罷上と被思食候処、真田相拘候なくるミの城を取、表裏仕上ハ、使者ニ非可被成御対面儀候、彼使雖可及生害、助命返遣候事
一、秀吉若輩之時、孤と成て信長公属幕下、身を山野に捨、骨を海岸に砕、干戈を枕とし夜ハにいね、夙におきて軍忠をつくし戦功をはけます、然而中比より蒙君恩、人に名をしらる、因茲西国征伐之儀被仰付、対大敵争雌雄刻、明智日向守光秀以無道之故、奉討信長公、此注進を聞届、弥彼表押詰任存分、不移時日令上洛、逆徒光秀伐頸、報恩恵雪会稽、其後柴田修理亮勝家、信長公之厚恩を忘、国家を乱し叛逆之条、是又令退治了、此外諸国叛者討之、降者近之、無不属麾下者、就中秀吉一言之表裏不可有之、以此故相叶天命哉、予既挙登龍揚鷹之誉、成塩梅則闕之臣、関万機政、然処氏直背天道之正理、対帝都企奸謀、何不蒙天罰哉、古諺云、巧詐不如拙誠、所詮普天下逆勅命輩、早不可不加誅伐、来歳必携節旄令進発、可刎氏直首事、不可廻踵者也、
天正十七年十一月廿四日/御朱印/北条左京大夫とのへ

豊臣秀吉文書集2765「羽柴秀吉条々」(皇室の至宝東山御文庫御物四)要検討

条々
一、氏直事、近年蔑 公儀、不能上洛、於関東任雅意狼藉条、不及是非次第也、然間去年可加御誅伐之処、駿河大納言家康卿依為縁者、種々懇望之間、以条数申出候き、其旨就申御請令赦免、則叔父美濃守罷上令対面事
一、先年家康被相定条数、家康表裏之様申上之間、美濃守見参之上者、境目等之儀聞合、有様可被仰付之間、家々郎従可上置之由申下之処、江雪上之畢、家康与北条国割領知約諾之趣相尋云々、甲斐・信濃内城々ハ家康手柄次第可被申付之、上野内ハ氏直可為進止之由相定之、即甲信両国ハ家康任存分、上野沼田之儀ハ氏直不及自力、却而家康相違之様申成候、寄事於左右、出仕迷惑之旨言上かと思食、於其儀者沼田城可被渡下、但上野内、真田持来知行三分二沼田城相付之、氏直ニ可被下、三分一ハ真田ニ被仰付之条、其中ニ有之城ハ真田ニ可相拘之由被仰定、右北条ニ被下三分二之替地ハ、家康より真田ニ可被渡之旨相究、北条可上洛之一札出之者、則差下上使、沼田城可渡之旨被仰含、江雪返下事
一、当年極月上旬、氏政可致出仕之旨、御請之一札進上候、因茲津田隼人正・富田左近将監差下、沼田城渡遣事
一、沼田要害請取之旨、右一札ニ相任、即可罷上と思食之処、差上使者、、結句真田相拘那具留見城将計取之条、彼使者不能対面、既雖可覃傷害、助命追下事
一、秀吉若年之時、孤となり信長公の属幕下、砕骨山野、捨身海岸、干戈を枕とし、軍忠を竭し戦功を励す、中ころより別而君恩を蒙り、人ニ名をしらる、仍先年西国征罰之儀被仰付、対大敵争雌雄之刻、明智日向守光秀以無道之故、奉討信長公、聞此注進、敵陣弥相固任存分、不移時日馳上、斬逆徒光秀之頸梟獄門、勿報恩恵、其後柴田修理亮勝頼、忘信長公之厚恩、乱国家叛逆之条、是亦令退治畢、此外諸国叛ハ退之、降ハ脱之、無不属指麾者、就中秀吉不可有一言之表裡、以此故相叶天命に、予既挙登龍揚鷹之誉、成塩梅則闕之官、関万機政、氏直事背天道之正理、向帝都企奸謀、逆心蓋蒙天罰哉、古諺云、巧詐不如拙誠、所詮普天下逆勅命之輩、不可不加刑罰、来歳必携節旄令進発、可刎氏直之首事、不可廻踵者也、
天正十七年十一月廿四日/(羽柴秀吉朱印)/北条左京大夫とのへ

2018/09/19(水)寺社を焼くということ

寺社は戦国期によく焼かれたのか

漠然と、戦乱で寺や神社が焼かれたという認識を持っていたが、改めて史料から追ってみようと考えた。手持ちのデータから「焼」「放火」で検索し、ヒットしたものを分類してみる。

ちなみに、寺社への放火が禁制で明記されているのは、織田信長・羽柴秀吉・徳川家康。今川・後北条では見かけず、わずかに上田長則が天正9年に出した別当法禅坊宛ての禁制(戦北2237)があるのみ。

焼かれたのは何か

放火や焼き払いに関しての記述をまとめてみた。城や防御施設が対象のものが19例で最も多い。ついで、対象物は特に指定せず領域を指しているものが15例。明らかに民家を指すものが12例で続く。失火したり自ら焼いたりしたものは6例で少ない。調査対象となる、寺社を焼いたと明確な事例は5例。

城・防御施設 19例

  • 新津のね小屋焼払候を
  • 蕨地利、北新、去廿日夜、乗捕門橋焼落
  • 殊厩橋焼候哉
  • 本丸焼崩儀可有之候
  • 上野国中在松井田根小屋悉焼払
  • 二曲輪焼払候也
  • 昨日者武州深谷城際迄放火
  • 彼城中ニ有替衆、雖付火候
  • 今六日蒲原之根小屋放火之処
  • 抑去六日当城宿放火候キ
  • 谷中不残一宇放火候
  • 去廿日至中島相動、即及一戦切崩、数多討捕之、残党河へ追込、悉放火之由
  • 昨日も至花熊相働、山下放火之一揆も罷出御忠節仕候
  • 泊城押入、数多討捕之、悉令放火
  • 其上小早川幸山候得共、毎日此方足軽申付、十町・十五町之内迄雖令放火候
  • 去三日沼田東谷押替候、取出以不慮之行、打散悉放火
  • 韮山下丸乗崩、令放火之由
  • 小屋ゝゝニ火を掛
  • 端城乗入、悉令放火

領域 15例

  • 此表者焼動迄之事候条
  • 四日ニ上京悉焼払候
  • 万田より次ノ崎迄焼散被成候処ニ
  • 就在所鳥波放火
  • 佐野・新田領可放火候
  • 彼庄内悉放火
  • 今度津具郷へ相働悉放火
  • 駿府へ被相働、悉放火候
  • 今春向西上州相動、所々放火敵殺及討捕之由心地好候
  • 既向滝山放火必然之由
  • 江北中皆以放火候事
  • 伊豆堺迄放火候
  • 次伊豆浦処々放火
  • 剰小田原之地ことゝゝく放火のよし
  • 三浦渡海、如被存放火

民家 12例

  • 家へ押籠被為焼殺候
  • 彼山下焼払候旨
  • 高遠町令調儀焼候由
  • 素家之躰成共焼払所肝要候
  • 洛外無残所令放火
  • 近辺之郷村放火之由心地好候
  • 臼井筋之郷村令放火
  • 次白須賀之訳放火之事
  • 在ゝ所ゝ民屋、不残一宇放火
  • 御厨中之民家少ゝ放火
  • 然而小泉・館林・新田領之民屋不残一宇放火
  • 地下中令放火之間

失火・自焼 5例

  • 頗社頭以下放火之条 ※宮司職富士氏の御家騒動なので自焼
  • 去年於当府千灯院焼失云々
  • 火電時令焼失云々
  • 先判去年十二月令焼失云々
  • 居所とも自焼仕候而
  • 火電時令焼失云々

寺社 5例

  • 就動乱、堂塔已上九炎焼
  • 頭陀寺之儀者、云今度悉焼失
  • 殊今度敵動之刻、令煙焼之由候条
  • 廿三筑波へ乱入、知息院放火
  • 清水と申くわんおんたう焼申時

寺社はどのような状況で焼かれたのか

飯尾豊前守が頭陀寺を焼いたのは、彼の反乱に加担しなかった住持の千手院が、敵対して頭陀寺城に籠城したのが契機。千手院は今川氏真に「頭陀寺城被相移以忠節」と評され、飯尾豊前守と戦闘状態になっている。

倉賀野淡路守の戦陣で清水観音堂を焼こうとした際、焼き手の富永清兵衛は、敵の反撃に遭って一旦攻めあぐねている。

後北条氏が筑波に乱入して知息院に放火した際も、捕虜が200人以上、死者は数え切れない程だと書かれており、ここで激しい戦闘があった可能性は高い。

武田晴信・松平次郎三郎の例は不明。

5例中3例が戦闘を伴って寺社が焼かれたことから見て、何れの場合も無防備の寺社を焼いたというより、戦闘拠点として攻撃したのではないか。

天文3 松平次郎三郎→猿投神社

天文三年[甲午]六月廿二[午剋]、就動乱、堂塔已上九炎焼、 焼手松平之二郎三郎殿、当国住人、

  • 愛知県史資料編10_1186「八講諜裏書」(猿投神社文書)
永禄7 飯尾豊前守→頭陀寺

就今度飯尾豊前守赦免、頭陀寺城破却故、先至他之地可有居住之旨、任日瑜存分領掌了、然者寺屋敷被見立、重而可有言上、頭陀寺之儀者、云今度悉焼失、日瑜云居住于他所、以連々堂社寺家可有再興、次先院主并衆僧中、以如何様忠節、令失念訴訟之上、前後雖成判形、既豊前守逆心之刻、敵地江衆徒等悉雖令退散、日瑜一身同宿被官已下召連、不移時日頭陀寺城被相移以忠節、頭陀寺一円補任之上者、一切不可許容、兼亦彼衆徒等憑飯尾、頭陀寺領事、雖企競望、是又不可許容者也、仍如件、
永禄七年十月二日/上総介(花押)/千手院戦国遺文今川氏編2015「今川氏真判物」(頭陀寺文書)1564(永禄7)年比定

永禄12 武田晴信→須津八幡宮

駿河国須津之内八幡宮御修理之事。右、天沢寺殿本年貢之外、以段米之内弐拾俵、為新寄進被出置之処ニ、去従子之年已来、古槇淡路守申掠令押領之由、只今致言上之条、任先判形之旨領掌訖、殊今度敵動之刻、令煙焼之由候条、為彼造営所令寄進、不可有相違之者也、仍如件、
永禄十二己巳十二月十六日/文頭に(朱印「印文未詳」)/多門坊

  • 戦国遺文今川氏編2433「今川氏真朱印状」(富士市中里・多門坊文書)1569(永禄12)年比定
天正16 後北条氏→筑波知息院

態啓上候、仍先日者家中候者、機合相違付而、不敢聞召、御尋過分至極奉存候、追日如存取直被申候、聞食可為御太悦候候、内々以使者此旨雖可申上候、却而可御六ヶ敷候間、無其儀候、然者南軍之模様去廿二小田領被打散、廿三筑波へ乱入、知息院放火、取籠候者二百余人、越度仁馬無際限被取候由申候、昨日廿五、陣替由候、于今承届不申候、様子重而可申上候、恐々謹言、
孟夏廿六日/笠間孫三郎綱家(花押)/烏山江

  • 埼玉県史料叢書12_0852「笠間綱家書状」(滝田文書)1588(天正16)年比定
年未詳 倉賀野淡路守→清水観音堂

(抜粋)「加り金ノ城主くらかね淡路守殿、是へ働之時、清水と申くわんおんたう焼申時、我等参やき候へハ、敵くわんおんたう迄もち、為焼不申候時、せり合候て鑓ニ相たうをは焼はらい申候事」

  • 群馬県史資料編3_3696「冨永清兵衛覚書」(東京大学史料編纂所所蔵猪俣文書)
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